1-9 遭遇

 あれは香住の姓を地域に知らしめた事件の発端。わたしを支配するあらゆる負の感情が行き着く場所。もう二度とあの公園には近づくまいと決めていたのに。


 九年前、高校卒業を機にこの土地を離れた。誰もわたしを気に留めない場所へ行きたくて逃げ込んだ都会で、公星くんと出会った。そうして彼を失って、ようやく見つけた居場所も追われて、どこかへ逃げなければと追い詰められた時に浮かんだ場所は、忌まわしい記憶を刻まれたはずの故郷だった。


 戻れば隠れて生きる羽目になると理解していたのに、結局わたしはここで息をしている。


 Tシャツにカーディガンを羽織っただけの格好で部屋の外へ出た。

 散歩中、前から向かってきたその姿に、わたしは思わず足を止める。


 桜色のスプリングコートを翻して、そのひとはスマホを片手に辺りを見回しながら歩いていた。外ハネが可愛らしい韓国風に巻かれた髪。キャリーケースを転がして、肩にはトートバッグも掛けられている。瞬時にわたしの中のセンサーが反応した。オタクには同類を察知するセンサーが備わっているのだ。


「あ」


 目が合った。わたしが反応したということは、あちらのセンサーも反応しているということで……。


 キャリーケースが路面を滑る音がみるみる膨れ上がりながら迫ってくる。わたしはそれに気づいているのに、影を縫い付けられたみたいにその場から動けない。

 ミュールの踵が目の前でかつん! とひと際大きく鳴る。そのひとはわたしの鼻先にスマホを突きつけて言い放った。


「このひと知りませんか」





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