1-2 生活

 入居から間もない部屋には、まだベッドとローテーブルしか組み立てられていない。壁沿いには未開封の段ボールが無駄にきちんと並んでいる。


 じっと目を留めていたら、まだ半分微睡に沈んだままの思考が乱れていく気配がした。取返しがつかなくなる前に、わたしはベッドから転がり落ちて、積まれていた段ボールをひっつかんで床に放り投げる。


 床に転がるのは段ボールと、寝起きのもうすぐ二十八歳。呆然と眺めるうちに、平静を取り戻していく。同時に、焦げ付くようなみじめさも。


 冷たい水を求めて冷蔵庫を覗き込んで、絶句した。真ん中に転がるのはミネラルウォーターのペットボトル二本だけ。そのほかはいっそ清々しいほど空っぽだ。


 通帳はどこに投げたっけ、と、散らかしたばかりの段ボールを漁る。


 生活費を切り詰めれば当分無職でも生き延びられる程度の貯金は残っている。グッズを無限回収するタイプのオタクじゃなくて助かった。


 ……もう少しつぎ込んでおけばよかったかな。そんな後悔も虚しいばかりだ。

 推しが姿を消してもわたしの人生は続いていく。ほとんど彼の輝きに依存していたわたしは、これからどうやって生きていけばいいのだろう。


 スキンケア後、まずカーテンの設置に取り掛かった。窓を開け放つと生ぬるい春風が吹き込んで、ターコイズブルーが大きく膨らむ。

 外の匂いだ。わたしは収縮するカーテンに押されるようにしてバルコニーに顔を出した。


 足元でどこからか舞い込んだ桜の花弁が揺れる。それはふわりと風に掬われて隣室のバルコニーへと着地した。


 埃のない真っ白な床に、きっちり揃えて並んだサンダルが見える。外出を避けていたせいで隣人とは顔も合わせていないが、きっと几帳面な人なのだろう。





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