回想1-2


「花緒ちゃんがそこにいて、そのときお兄さんはどこでカメラを持ってたの?」

「えっと、たぶん、もう少し後ろ……」

「この辺かな」


 わたしが恐る恐る頷くと、刑事さんは部屋にいた別の刑事さんに静かな目配せをした。合図を受けた刑事さんの手にはデジタルカメラが握られている。


「じゃあ花緒ちゃん、その時の様子を再現して、写真を撮ろっか」

「え?」


 どうして、とびっくりする。

 だって今わたしが再現しているのは、恥ずかしいことなんでしょう。お母さんが泣くほど怖いことなのに、もう一回それをやらなきゃいけないの。


 刑事さんがわたしにカメラを向けてくる。わたしは一瞬にして指先まで全身が凍り付いた。


 怖い。恥ずかしい。色んな感情がいっぺんに押し寄せてきて喉に蓋をしてしまう。どきどきうるさい心臓を落ちつけたくて息を吸っても、喉が締まって通らない。


 部屋の中にう、う、というわたしの呻き声が響く。刑事さんが慌ててわたしの背中を擦り出した。「花緒ちゃん、大丈夫。落ち着いて」大人たちの呼びかける声が遠い。涙ばかり溢れて、そのうち意識がぼんやり霞みがかっていく。





 わたしは二十八歳を迎える今も、十歳まで自分がどんなふうに呼吸していたかを思い出すことができない。





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