殺島②

 神聖な場所とされる都では、鬼は殺さない。

 その代わり、もし鬼が現れたら捕らえて弱らせ小船で海を渡り、そして殺島(さつしま)という場所で殺すのだ。


 誰かが言ってた。

 鬼を殺す人の心理もまた、鬼のようだと。

 土子(つちこ)も頭のどこかでそう思っていたが、口にはしなかった。

 駄目だ。

 殺島に漂着してしまったためだろうか。痛く感傷的になっている。


 ここは鬼の処刑場――殺島。


 ザザーンと波の音がする。

 寂しい。


 そうだ。

 土子と同じ船に乗っていた者が、ひょっとしたらここに着くかもしれない。

 嵐にのまれた船。そこに乗っていたのは土子を含め少数の男女だったが、皆それなりに器量のある人だった。


 だが、ことは期待した風にはいかなかった。


 それは波打ち際をじっくり見ていた時のことだ。

 土子はあるものを見つけてしまい、はっと気づかないフリをしたのだった。

 ボロボロに痛んだ木箱が浮いていたのだ。


 土子には見覚えのある箱だった。当然だった。

 ――あの中には、鬼がいる。それも、殺される前の鬼だ。


 つまり、この箱もまた土子のいた船に乗っていたということだ。というか、都から船を出す目的そのものだ。


 どうする。どうしようか。

 このまま殺島で孤独に死ぬよりは、あの鬼を解放して殺された方がよいだろうか。

 ううん、そんなことをすれば都にだって被害がおよぶかもしれない。


 だけどこれを見殺しにしたら、それこそ自分こそが鬼のような存在になる。そんな気がしてしまう。


 逡巡の末、結局、土子は鬼を箱から出してやることにしたのだった。


 壊した箱の隙間から、瘴気があふれでた。

 これは人間には毒なのだが、土子はかまわず続けた。

 転がっていた骨で木箱を叩き壊していき、鬼の自由を奪っていた縄をほどき、そして鬼の瘴気を消しさっていたお香は海に捨てた。


 このお香こそが人を守り鬼を弱らせるのだが、土子は逆に自分をかえりみなかった。


 濃度の深い瘴気の中から現れたのは、衰弱しきった鬼だった。

 ガリガリの肉体に、ぼさぼさで長い白髪、そして額からのびる角――。

 青年に近いナリだが、やはり鬼だ。


 土子は血を吐いた。瘴気に当てられ続けたせいだ。

 だが、鬼はそんな土子を脅した。


「馬鹿か。俺ぁ人を食うぞ」

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殺島 ぐーすかうなぎ @urano103

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