2 新しい家族は狩人

「アグル、アグル……アグルよお」


帰り道で、父アググが話しかけてきた。

あ、俺がアグルだった。


「うん」


タイミングを外したが、おれは返事をした。

アゴンの家と、俺の家は隣だったが少し離れていて、間にいくらかの畑があった。ここは、けっこう小さな村らしい。


「どうした、だいぶ頭をぶったみたいだな、ボケてるのか?」


俺が黙っていると、アググが続けた。


「おまえは、アグルだぞ、父ちゃんの名前は、言えるか?」


分からないので黙っているとアググはさらに続ける。


「オイオイ、父ちゃんは、アググだぞ。忘れるかね。じゃ、母ちゃんの名は?」


答えのない俺を待ちきれずアググが話を続ける。

「メルリだぞ……何も覚えてないのか?まいったな。バカになっちまったか、こないだ、賢者と言われたのにな、まあ、子供の時賢者でも、大人になったらただの人って言うからな、別に気にすることもあるまいよ」


何か気になること言わなかったかこの人…と思うアグル。


「大丈夫、大丈夫、チョット休んでれば、きっともとに戻るさ、うん、大丈夫」


この親父は、一人で納得してるな……元々記憶はないんだけど、ここは、記憶をなくしたことにして黙っていよう。そもそもこんな複雑な状況、説明なんて難しくてできない。黙ってる方が面倒ないしな。


そうこうするうちに俺たちは家に着いた。


「おーい、帰ったぞ。」


「お帰り、アグルは、そこに寝せといて〜」


「わかったー、アグルは大丈夫だ。頭も体もえらいこと打ったみたいだけど、血も出てねーし明日には元気になるだろ、多分、ハハ、ちーとおばかになちゃったかもしんねえけどな」


「そうかい、じゃあ心配ないね、元通りだね」


おいおい、元々俺はバカだったみたいじゃないか。


俺は、寝床に寝せられた。


母のメルリが覗き込んできて大丈夫そうなのを確認して出ていった。


「母ちゃん、にいちゃんしんじゃったの?死んじゃったの?ツンツンしていい?」

カワイイ声がした。


弟かな?


「動けるようになったら、起きてこいよ〜」

隣の部屋あたりからアググの声がした。


能天気な親らしい、俺はあまり心配されてない。


この世界では、こんなことは日常茶飯事なのかもしれない。


そういえば、転生前の記憶もあまりハッキリしないな。


転生前の名前も年齢も親の顔も思い出せない。


まあいいか。



『ダダダダダダ』と子供の足音が近づいてきた。


そう思ったその刹那、俺の体の上に子供が飛び乗ってきた。


『ぐほ!』俺は大きな衝撃を胸の辺りに受けて呼吸が一時停止する。


「にいちゃん、死んだ?死んだ?」


「アブル!ダメだよ、にいちゃんケガしてるんだから!コッチおいで、」


「え〜、にいちゃんとあそびたい〜」


「コラ!」『ゴツン』


「イテ、いてえよ母ちゃん」


「コッチこい」


アブルは、隣の部屋に連れ戻されたが、俺はここに寝ていて大丈夫なのかなと不安をつのらせた。



次の朝、俺は身体の痛みを我慢しておきあがった。


「アグル、おきたのかい、ハラあへったろう、そこに昨日のリンゴンの実があるから食っときな、朝メシだよ」


ああ、この実をとっていて、落ちたのか?それはリンゴに似た果物だった。


これ、皮剥かないでかじるのかな?と思いながらナイフのようなものも見当たらないので、丸かじりした。


美味い!腹が空いてるからなおさらだ。


「アグル、食い終わったら罠を確かめに行くぞ、一緒に来い」父親の声。


「うん」


俺は返事をして父の方に行くと、縄と竹槍のようなものをわたされた。


「そんじゃ行くか。罠にボアがかかってるといいな」


「どこ行くの?」


「なんだよ、それも忘れてるのか、ついて来い。向こうの山林に、5ヶ所ボアの罠を仕掛けてあるから、そこをまわって、ボアがかかってたら、こいつでしとめるんだ」竹槍を見せるアググ。


俺は、父の後をついていった。


林の中を進んでいくと、一つ目の罠があった。


ボアはかかっていなかった。


縄の輪に足を入れると締まって抜けられなくなる仕組みで、縄の反対端は、太い木に括り付けてある。


「いないな、次行くぞ」


アググの指示に従って、次の罠の方についていく。


二つ目、三つ目、いないな、四つ目もいない、


今日は、ダメかなと思いながら最後の罠の方に行くと、何やら動いているやつがいた。


「いた。縄が効いてないと突っ込まれるから気をつけろよ、竹槍をやつの方に向けて構えろ」アググが竹槍で身を守るように指示を出した。


「おまえはそこで待機、縄が効いてたら、間合いに入って首にも縄を打つぞ」


父は、ゆっくりとボアに近づいた。


ボアが父に向かって突進をかけたが、後ろ足にかかった縄で近づける範囲が制限されている。


「よし、効いてる」


父は戻ってくるなり『首にも縄を打つからかせ』というと俺から縄を取った。


輪をつくって竿につけボアの首と前足に恐る恐る輪をかけると締めて太い木に縛りつけた。


ボアは、前と後ろから引っ張られて動きが取れなくなった。


そしてアググは竹槍をボアの鎖骨と首の間あたりから心臓めがけて突き刺した。


竹槍には血が流れ出るように穴があけてある。


竹槍の穴から血が出るまで、槍を突く。二度目にその穴からボアの血が流れ出した。


「これで、血がなくなるまで待てば、お陀仏だからな、ふー、緊張したぜ。ここまで来れば死ぬのを待つだけだ」


アググはそう言うとボアが弱っていくのを静かにみつめている。


アググの膝より少し大きいくらいの大きさのボアだ。


このサイズのボアでも、突っ込まれれば死ぬこともあるとアググは教えてくれた。


こいつらは、とにかく突っ込んでくる。


口から生えた長い二本の牙に刺されたらヤバイので、慎重に縄で動けなくするのだ。


「よし、そろそろ帰るか、俺が獲物を背負っていくから、おまえは竹槍と縄などを持ってくれ」


アググはそう言うとボアを背負って歩きだした。


俺は道具を回収して後をおった。


「河原で解体するぞ」


「うん」


河原に着くとアググは、腰の大きなナイフを抜き、慣れた手つきで解体を始めた。

内臓を傷つけないように取り出し、皮を剥ぎ、肉を切り分ける。


川で水浴びをしてから、内臓は捨て、肉と皮と牙を持って、家に帰った時には昼を過ぎていた。


「メルリ、今日は小さなのがかかってたから、肉にしてきたぞ〜」


「オヤそうかい、久しぶりに罠にかかったんだね、今日は運が良かったね。今日はいい日だ、ご馳走だね」


メルリは嬉しそうだ。


「ニク〜、肉だ、肉だ」

アブルは近寄ってくると、肉を見て歌い踊り出した。


「アグル、これをアゴンの家、これを、アポンの家に届けてきな、おすそわけだ、いつももらってばかりだから、たまには返さないとね!」


「アポン家はあそこ、アゴン家はあそこだぞ、わかるな、アグル。」

アググは俺が家を忘れているのを察して指さした。


「うん」


俺は頷いて渡された肉を持って隣のアゴン家に小走りで向かった。


早く届けて、肉を食いたい。


メルリは、肉を焼く準備を始めていたし、何より腹が減っているのだ。


アゴンの家に走って行くと家の前にお婆さんが一人たっている。


「オヤ、アグル元気そうでよかったよ、落ちたと聞いて心配していたんだ」


この家のお婆さんかしらと不審な顔をしたのがわかったのか、記憶がないと聞いていたのか、メアリ婆はこう言った。


「わしがわからんのかい?わしは、お前のおばあちゃんだよ。アゴンもアポンもわしの孫さね」


アゴンもアポンも従兄弟だったのだとわかった俺は、ばあちゃんに肉を差し出して用件を言う。


「父ちゃんがボアをとったからお裾分けを届けにきた」


お婆ちゃんは肉を受け取る。


「アポンとこにも持ってくからばあちゃんまた後でね」


俺はアポンの家に向かって走り出した。


アポン家に肉を届けて家に帰るともう肉の焼ける良い匂いがしてきた。


「おう、アグル、先にやってるぞ、お前も早く食え」


「お疲れ、アグル、お腹いっぱいお食べ」


「おばあちゃんに会ったよ」


「メアリばあちゃんな、俺のおふくろだぞ。アギン兄さんとアペン、アポンのオヤジな、俺達3人の母親だ」


記憶のない俺に教えるようにアググは言った。


「他にも小さい頃に死んだ兄弟がいたらしいが知らん、あと俺の親父はもう死んでる。やけてるぞ、美味いとこだぞ」


アググが俺に肋骨のついた肉を差し出し、それを受け取った俺は肉にかぶりついた。口の中に肉汁が染み渡った。


俺は猟師の子供として転生したらしかった。

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