第四話 開かれた匣
「グリース神話では、これが人類最初の女性ってワケ?随分と迷惑な話ね」
目の前の絵画をボーッと見つめながらエリーゼは言った。
「神々からの贈り物だとしても俺なら受け取り拒否だな」
目の前の絵画はウォーターハウスの作品でありラファエロ前派を彷彿とさせる滑らかな質感が見る人を魅了する。
そしてその隣に展示されている目へと視線を移せば、そこには何処か遠くを見つめる全裸の女性が描かれている。
千五百人以上の弟子を抱えたと言われる画家、ルフェーブルの作品だった。
「ねぇレオン〜、私面白くないなぁ〜」
耳元でそう囁くエリーゼの方を振り向けば、むくれ顔をしていた。
「興味無いなら、無理に俺の休暇に付き合わなくてもよかったんじゃないか?」
「そういうんじゃなくて、私がむくれ顔をしてる理由が分からないんですかって訊いてんですけど?」
むくれ顔の理由か?そんなの決まってるだろ。
「水分の摂りすぎか?」
「んなわけ」
「ならアルコールの摂取量が多かったとか?」
「はぁ……」
どうやらそれも違うらしい。
あとは……
「もしかしたら自律神経が乱れてるかもしれないな。医者にでも行ったらどうだ?」
「え、そうなの……?じゃなくて!!」
「じゃなくて?」
そう聞き返すと、エリーゼは特大のため息をついた。
「私以外の女の裸を興味深そうに見てるのが腹立つって言ってんの!!」
美術館であることを弁えてか、エリーゼは声を潜めて言ったが絶対これ他の人にも聞こえているだろうというくらいには声を押えられていない。
「絵画に興味があって、女の裸に興味は無いんだが……?」
エリーゼの嫉妬の対象はどうやら絵画にも向けられるらしかった。
そりゃあまぁ……描かれている女性はエリーゼよりも落ち着いていて美人なのは間違いないのだが……。
「え……レオン、いつの間に取り外しちゃったの?」
心配そうに俺の股間を見つめるエリーゼ。
どうしてそうなる……?
そう突っ込まずにはいられなかった。
◆❖◇◇❖◆
「あまりにも作戦名が安直すぎやしないでしょうか?」
ナシオン・ロタール北東部、ヴァドリー空港の管制塔では、民間空港には似つかわしくない機体が駐機場にて離陸のときを待っていた。
「オペレーション『パンドーラ』。なかなかに素敵なネーミングだと私は思うが?」
特殊作戦群を指揮するモリス・ルパージュ中将は、軍事用グライダーへと搬入される物資を見つめながら言った。
「大佐、私はこう思うのだよ。今まさにプロシア連邦共和国そのものこそがパンドラの匣なのだと。移民問題、反体制派の政党やポピュリズム政党の躍進による政情不安、所得格差、低金利制作のツケ、過激派の台頭。これら全ては彼らからすれば厄災、だがグリース神話におけるパンドラの匣で最後に残ったのはなんだ?」
「
「解釈が分かれるところではあるが、私はそうだと信じているよ。溜まった膿を出し切ることで国家は再生するとね」
「失礼ですが、我々は自分たちに都合のいいように事態を捉えているだけなのでは?」
他国への内政干渉、それも内戦を引き起こされることを目的とした作戦行動を疑問視するルパージュの副官がそう問うとルパージュは、東の空を見つめて言った。
「国家の執り行う政治の目的は自国の発展だ。そのために必要なものは利益の享受」
「それは分かりますが―――――」
再考を求めるガティネ大佐の言葉を遮ってルパージュは続けた。
「アルザス・ロレーヌ戦争の終結からもう百五十年が経った。いや、経ってしまったと言うべきか?我々は無為な時間を過ごし続けてきた。だがそれももう終わりなのだ。『エルザス・ロートリンゲン』などという不名誉な名称で世界が彼の地を呼ぶ時代に終止符を打つときが来たのだ」
過去に二度、ロタールとプロシアの間には戦争の危機が訪れた。
それらは全て、武力行使を除く外交手段により決定的な事態を招くことなく回避されてきた。
だがクーデターにより軍事政権が樹立されたロタールにおいて、その過去は怠惰であり惰弱と見なされていた。
「作戦に撤回は有り得ない。分かったら大佐は自分の任務に戻れ」
ルパージュはただ静かに、だが二の句は許さないという重々しさをもってそう言ったのだった。
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