第五話 ouverture

 「国境警備隊BGSからの情報によれば、所属不明の不審な機体が夜間に我が国の領空に侵入したという」


 俺の休暇の翌日、一課には緊急招集がかかり、ブリーフィングルームには一課の人間が勢揃いしていた。

 

 「どの国境ですか?」


 他の職員からの問いは至極もっともであり、現状プロシア連邦は九ヶ国と国境を接している。

 なかでもとりわけ緊張関係にあるのは、国一つ挟んでヴォルガ連邦と対峙する東部国境とナシオン・ロタール連邦共和国との二国境なわけだが……。


 「昨今、我が国を荒らし回っているカエル野郎との国境だ」

 「不審機なら空軍が対応しているのでは?」


 ベテラン職員の質問に課長は、首を横に振る。


 「対象の機体が民間空港からの離陸だったこと、そして飛行プランもまた通常の貨物便同様だったことから空軍はノータッチだったらしい」

 

 そもそも軍用機が他国の領空に侵入するケースは一般的に無いから、飛行プランを開示された手前、民間機だと信じて疑わなかったのだろう。


 「そして我が国の領土各所で今朝方、このような機体が発見された」


 ブリーフィングルームのパネルに映し出されたのは五枚の画像。

 そのどれもが軍用グライダーだと一目でわかる代物だった。

 

 「国籍が判断出来るものや、他に証拠となるようなものは無かったそうだが、これらは全て貨物機に曳航されて我が国の領空に侵入したと軍部は判断している」

 

 グライダーは分かるだけでもゼネラル・エアクラフト社製、アビアシオン社製と複数国の機体があった。

 

 「過激派への武器引渡しと特殊部隊の送り込みが目的だということは言うまでもないだろうが、これが意味するところはナシオン・ロタールが何らかの軍事作戦を企図している可能性があるということだ」


 ロタールが何を企んでいるのか、そんなことは容易に推察できる。

 まず第一にプロシア国内の過激派組織を複数箇所で一斉蜂起させる。

 そのタイミングでロタール人保護を理由にエルザス・ロートリンゲンに武装駐留。

 そしてエルザス・ロートリンゲン領有の既成事実化を図るのだろう。

 もちろんこれは最も楽観的な予測であり、最悪のケースとしてはロタールの現行政権が軍事政権である以上、より積極的な動きをみせる可能性があるわけだ。


 「領内に侵入したロタール軍特殊部隊の討伐は軍と憲法擁護庁第一課とが協力して行うことになっているが、軍も「リトルシープ」事件があった以上、完全に信用するわけにはいかない。故に我々は表では強調しつつも独自の方針でことにあたる。油断禁物、常に味方を疑うこと、これを忘れるな」


 いつになく課長の表情には緊張が滲んでいた。

 過去にあった「リトルシープ」事件では、陸軍特殊部隊内で過激派同様の極右思想が蔓延しており一個中隊が解体されるに至った。

 少し前には陸軍内に数千の過激派組織の構成員が紛れ込んでいるという調査結果も出ている。

 つまりは頼りの綱の軍部すらもあてには出来ないということだった。


 「全員、解散!!」


 背後から銃弾が飛んでくるかもしれない任務を前に、集まった一課の面々もまた緊張の面持ちだった。


 「それと13(ドライツェン)に09(オーノイン)、お前たち二人はこの場に残れ」


 退室しようとしたところで俺とエリーゼは引き止められた。

 仕方なく扉の前から退いて部屋の端で待っていると、他の全員が退室したタイミングで課長は口を開いた。


 「お前たち二人には別の任務を請け負ってもらう」

 

 そう言うと課長は、パネルに一人の女性の画像を映した。


 「彼女はロベール家の一人娘。そういえば勉強熱心な二人のことだ、察しは付くだろう?」

 

 ロタールの名家の一つロベール家。

 歴史を辿れば王家でもあるその一族は、革命により貴族制度が失われた後も各所に影響力を持ち続け、現在当主ドヴィジェは欧州議会議長、ロタール外務副大臣、ウルヘル司教を兼任する有名政治家でもある。


 「彼女は今、ルプレヒト大学に留学していて我が国にいる。もし過激派が彼女に危害を加えるようなことがあればロタールはすぐに行動を起こす可能性がある。おまけにドヴィジェは欧州全体の君主主義、正統王朝派、保守主義、宗教右派、社会保守主義、補完性原理派といったような政治団体にも太いパイプがあるともくされている。今後、我が国が外交的な方針における選択肢を狭めないためにそのパイプを使わせるようなことがあってはならない」


 要は中道右派との太い繋がりがあって、下手すれば我が国の政情不安に一役買って出る可能性がある男だというわけだった。

 

 「で、俺たちは何をすることになるんですか?」


 何となく察しは付くのだが、それを理解したくは無いというのが本音なのだ。

 

 「悪いが二人には学生に戻ってもらう。それと13、お前は今日から名家の坊ちゃんだ」


 だが、続く課長の言葉は予想の斜め上をいくものだったのだ。

 故に至極真面目な顔をしている課長の言葉に、俺とエリーゼは揃って


 「はぇ……?」

 「へ……?」


 と、間の抜けた声を漏らすことしか出来なかった―――――。

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