22.公安警察(2)

「おやあ、係員総出で捜索とは穏やかじゃないね」

 黄金と銀の工場灯がまばゆく映える暗渠の海を千葉県警の水上警察隊が哨戒任務中だった。警備艇を岸に寄せる巡査部長に壱谷が軽い敬礼で応える。

「お騒がせしてすみませんね。うちのがちょこまかしてますが、そちらの邪魔はしませんので」

「でかいヤマかい?」

「ははっ、血が騒ぎますか」

「俺も昔は組対課にいたからね。匂いでわかるんだよ、こいつはとびきりイキのいいヤマだってな」


 これから海外へ輸出される予定のコンテナを嗅ぎまわる麻薬探知犬を、ボラードの上にしゃがみ込んだレザーは少し離れた場所から見守っている。

「レザー」

 呼ばれて振り返ると、泰河が手招いた。

「あっちで密入国者が暴れているそうなんです。手を貸してあげてください」

 レザーは、やれやれと肩をすくめる。

「なんか便利屋みたい」

「持ちつ持たれつですよ」

 背中を押され、向かう先はすぐにわかった。

「うるせぇ、俺は、絶対に帰んねぇ!!」

 あれか。

「うらあッ!!」

 警備員の腹に乗ってわめく男の肘をレザーは無造作に掴み、自分の方へ引き付けながら反対の手で喉を締めた。背後から回した手首をくの字に折り曲げると、ちょうど喉笛が潰せる。

「死ねよ!!」

 角材で殴りかかってきた別の男のスイングをかがんで避け、膝裏を踏むように蹴ってやるとあっけなく転んだ。

 サイレンを鳴らして駆けつけた警備艇のライトがまばゆく港を照らし、すぐさま降りてきた警察官たちがあっという間に密入国者を捕えていった。


「あ、小神野さん」

 密入国者が全て警察に逮捕された後で、レザーは小神野を見つけて謝った。

「今朝はごめんなさい。まだ痛い?」

「あー……」

 身振りで大体の意味は察したのか、小神野は「あっ」と小さく声を発した後で、ばつが悪そうに鼻の頭を赤く染める。

「いや、不用意に声かけた俺も悪かったし」 

 それよりさ、と小神野が話題を変えた。

「お前、ガサ入れの前に何か俺に言いかけただろ。あっちの方が気になってる」

「?」

 首を傾げるレザーに、「だから」とつたない英語で言い直す。

「ガサ入れ……なんてんだ? アタック? 倉庫、倉……わっかんねえ……ほら、だから、銃撃戦になる前だよ、ガンファイト、ビフォアー! ユー、セイ、トゥー、ミー!!」

「ああ」

 ぴんと来たレザーは、こともなげにこう言った。

「あんたの方が映画の趣味はいいよ」

「は?」

 今度は小神野が首を傾げる番だった。

 レザーは単語ごとに区切り、聞き取りやすいように繰り返す。

泰河さん、より、You have taste趣味が、いいbetter than Taiga-san

 

 犬が吠えた。

 矢蕗や纏も駆けつけ、全員が揃った前でコンテナが開かれる。中にはビニールシートのかかった新品のフォークリフトが4台。

「大型X線検査装置にまわせ」

 壱谷の指示を受け、コンテナごとトラックに載せて税関の保有する検査装置に丸ごと通すことになる。モニターをチェックしていた職員がじっと画面に顔を近づけ、少し興奮したように言った。

「内部に不審な影が見えます」

「どれだ?」

「奥の2台です。ほら、手前のやつと映り方が違うでしょう? エンジン部分をくり抜いて何か別のものを積み込んでいる可能性があります」

「なんだろうな」

「銃器ではないようですが……粉か紙か、いずれにしても隙間なくぎっしりと詰められるもの。開けますか?」

 ふむ、と壱谷は顎を撫で、すぐ後ろに控えている泰河に聞いた。

「どう思う」

「俺はクロだと思います」

「根拠は」

「勘です」

「お前の勘ってのは、秘密のエビデンスに基づく推論のことだろう」

「自信はありますよ」

 泰河はしれっとした顔で言った。

「まあ、お前を買ったのは俺だからな。よし」

 手を叩いた壱谷は、そのまま拝むように目を閉じる。

「開けてみるか。違ったら俺が責任を取る」


            *  *  *


「千葉県葛南東部地区にある港運会社が管理する輸出用のフォークリフト内から、大量の薬物が摘発されました」


 アナウンサーは無表情のまま、会社関係者から事情を聞いている状況です。と言って次のニュースにうつった。

 電車内。

 ワイヤレスイヤホンで携帯電話端末スマートフォンのニュース動画を聴いていた学生は、つり革を握る手をいったん開き、軽く手のひらを擦るように閉じてからもう一度つり革に掴まり直した。

 売人仲間の出入りしていた倉庫が麻薬取締官に検挙されたことは、左沢からの報告で知っていた。やつは現在、別の隠れ家へ身を寄せている。まだ公開捜査には踏み切られていないようで、いまのところニュース等で彼の名前を見ることはなかった。

 学生はイヤホンを外しながら電車を降り、住宅街を歩いて自分のアパートに帰宅する。今日は午前だけだったので、まだ明るい時間だ。

 壁に貼ったポスター型のカレンダーに印がついている。

 来週の土曜日、ボランティア。

 08:30集合。

 窮屈な玄関で靴を脱ぎ、鞄を肩から下ろそうとしたところでチャイムが鳴った。

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