17.がさ入れ(2)

「6人」

 レザーの声がすぐ上から聞こえた。

 小神野は体を起こし、服の下のホルスターから抜いた銃を構える。

「6?」

 予定では4人だったはずだ。

 弾切れを待つが、いつになっても銃声がやまない。

「あいつら、どんだけ弾持ってんだよ!」

 ドアを盾にしつつ、小神野は呆れたように舌を打つ。威嚇のつもりで2、3発を中に撃ち込むが、代わりに5、6発は返ってくる。

 そのうちにシャッターの開く音が倉庫の奥から聞こえた。裏口から逃げるつもりだ。当然そこには県警の捜査員が待ち受けている。そちらでも発砲が始まった。悲鳴。誰か撃たれた。どっちだ、敵か味方か。

「県警の巡査が撃たれた」

 無線を聞いた纏が報告する。

「くそッ」

 銃声が止んだ隙に突っ込もうとする小神野の肩をレザーがまたしても引き戻した。

「なんだよ」

「ここは俺が見張るから、裏口に合流してそっちから追い込みなよ。この状況なら戦力は分散させずに集中した方がいい。挟み撃ちだと射線上に味方が入るし、入口からだと狭くて狙い撃ちになるから、広い裏口からの方が突入しやすいよ」

 小神野は思いっきり顔をしかめた。

「何言ってんのかわかんねーよ!」

 すぐさま、纏が携帯電話端末の翻訳アプリを起動した。甲高い合成音声が日本語に翻訳した言葉を発音し始める。

「ここは私のじっと見るべき状況です。大きい方の出口にまとめて突っ込んでください」

 一瞬の沈黙の後、

「わっかんねーよ!!」

 小神野の叫びにレザーは天を仰いだ。

「やっぱり、泰河さんがいないと駄目だなー……」

 

            *  *  *


「7、8人ね。その人達の名前はわかるの?」

 聞き取りながらパソコンに打ち込んでいく作業にはなかなか慣れない。誤字を打ち直しつつ、検察官はできるだけさりげない口調でたずねた。

「さあね」

 シマノは肩を竦めてはぐらかす。

「名前なんか重要じゃなかったよ。生まれも仕事もいろんなやつがいたし、相手の素性なんかそこじゃ誰も気にしなかった。ビジネスなんだ。最初は悪いことだと思っていても、金が稼げると楽しくなってくる。自分が得できることをやらないでいられる人間って、そんなにいないんだ」

「それは、君も?」

「俺は――」

 頬杖をついたシマノは、検察官と目を合わさずに続けた。

「自分に犯罪をやる才能があると思ったね」

「ほう?」

「例えばさ、検察官さんだってそれが自分に向いてるからやってるんでしょ? 違う?」

「そうだね。向いているかどうかはわからないが、本当に駄目だったら採用試験に受からなかっただろうからね」

「だよね」

 納得したようにシマノは頷いた。

「それと同じでさ、犯罪者になるやつってのはそういう才能があったからだと思うんだ。そりゃ、全員がそうじゃないのはわかってるさ。どうしようもなくて堕ちるやつも多いんだろう。でも、何割かは――たとえば俺みたいなやつは、そうじゃない。まともに生きていて、つまらない、なんの生き甲斐もない――そう思っているやつの中には、こっち側に来れば本当の自分に出会える。そういうやつが世の中には一定数いるんじゃないかな」

 シマノは横を向いたまま、目線だけを検察官に向ける。

 検察官もまた、じっと彼の眼を見つめ返した。

「それは、つまりどういう意味なんだろうね」

 誘導にならないように、検察官は曖昧に濁した。

「疑うってことだよ」

 シマノが答える。

「……疑う」

 検察官が繰り返した。そのままの言葉を、パソコンに打ち込む。

「何をだね?」

「正直に言って、言葉にするのはむずかしいね。できれば心で感じてほしい。本当はみんなわかってるはずなんだ。もやもやしたなにかおかしい感覚に確信さえ抱ければ、こっち側に来れる。たとえば、検察官さん。あなたでも」

 再び、2人は見つめ合った。

 今度はかなり長い時間だった。


            *  *  *


 通用口からの銃撃がぴたりと止んだ。

 柱の影に身を隠していた男は、試すようにドアへ向かって弾を撃った。反応がない。空になったマガジンを捨て、次を叩き込む。自衛隊経験のある男だった。

 麻薬取締官といったって、普段は捜査や事務仕事が主体の戦闘素人だ。男は壁沿いに通用口へ近づき、そっと外を窺う。誰の気配もない。退いたのか? あるいは、のこのこと外へ出た瞬間に蜂の巣にするつもりだとか。

「ん?」

 地面に何かが書いてある。

 興味を引かれ、首を伸ばして身を乗り出した。彼は気づいていなかった。通用口が東を向いており、午前中は太陽の光が正面から差し込むことを。

「――――」

 屋根付近の排水管に捕まり、ドア枠に足を置いたレザーの影は倉庫側に落ちかかって男が見つめる地面には何も見えない。

「え?」

 レザーは男の真横に飛び降り、ざっと軸足になる左足の先を男に向けた。振り返る男の視界にひねりの効いた回し蹴りが迫る。レザーの脛から足の甲の部分が伏せていた男の胸をすくうように蹴り上げた。回転力を生かし、ドアの前からできるだけ遠くに跳ね飛ばす。

「がっ」

 当然のことで受け身もとれなかった。背中から地面に叩きつけられ、男は頭が真っ白になった。衝撃と苦痛に呻く暇もなく手錠で拘束される。

「まずは1人目」

 レザーは男を足で蹴って壁際に転がし、僅か一瞬でマガジンと薬莢を抜き去った彼の銃を茂みに投げた。足元には千葉中央分室のメンバーと英語で筆談した跡が残っている。

 I will keep guard here.

 さて、とレザーはドア脇の壁に背をはり付かせて静かに次を待った。

「わああッ」

 裏口側に合流した小神野らに追い立てられ、逃げ出してくる女の前に足を出す。まるで弾かれたピンボールのように、女は前のめりに吹っ飛んだ。激しく地面の上を転がって泥と擦り傷にまみれた腕をレザーが掴んで引きずると、暴れながらわめいた。

「離せよ! 離せよ!」

 構わず後ろ手に手錠をかけ、最初に倒した男の腰から抜き取ったベルトで足首も締め上げる。

「2人目」

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