16.ガサ入れ(1)
「どうかしたの?」
取調中の検察官は急に黙った相手の態度に怪訝な顔をする。
シマノ。
23歳の男。
自称アルバイト。
薬物の密売容疑で逮捕され、現在勾留中の身だ。
「ああ、いや……」
どこか遠くを見つめていたシマノは首を振って検察官に向き直る。
「俺、この間自供したでしょ。なんで同じ話をまたしなきゃなんないの」
「そういう決まりなの」
検察官はつれなく言った。
「君だけじゃないよ。全員やるんだ。すでに作成された供述調書も参考にするけどね、僕らは僕らでいちから作らなきゃならないの」
「二度手間じゃない?」
「ところが、そうでもないの。それで、船橋のシューティングバーで出会った男にどこへ連れていかれたの?」
「はいはい」
シマノはつまらなさそうにつぶやき、横を向いた。
「……養老にある、平屋の物流倉庫」
* * *
「どうです? きつくありませんか」
上着を脱ぎ、Tシャツ一枚になったレザーにウェアラブルカメラ付きのチェストハーネスを着せた泰河は、アジャスターを調整しながら具合を聞いた。
「重さは200gないはずですが、動きづらかったら言ってください」
「平気。これくらい、銃のマガジン一個分にもならない」
「あなたにアサルトライフルを持たせて突撃させたら数秒で仕事が終わりそうですね」
10:12。
倉庫近くの駐車場。
ちょうど団地の裏になって犯人たちからは見えないこの場所に集まった捜査員は17名。全員が防弾ベストと拳銃を装備している。
「できるだけでいいんですが」
泰河がレザーの耳元で囁いた。
「捜査員だけでなく、犯人も死なないようにしてもらえますか?」
作戦の陣頭指揮を執るのは千葉中央分室捜査課長の壱谷だ。
彼の指示をレザーに通訳する素振りで英語を使えば、他の人間に聞かれる心配はまずない。この要請にはレザーも「本気?」とでもいいたげな顔になった。
「難易度上げるね」
「犯人に聞きたいことがあるんです。この事件、おそらく今回だけでは終わりません」
「なるほど。まあ、できるだけね」
「お願いします」
指揮車の前では壱谷が県警の捜査員と最終確認を行っている。
「それじゃ、裏口は頼みましたよ」
「了解しました」
頷く捜査員に向かって、彼は拝むように頭を下げた。
「犯人逮捕にご協力よろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
合掌までされた方の捜査員は面食らったように自分もお辞儀を返す。
「ああすると、願いが叶うんですって」
泰河が面白がるように言った。
「へえ」
興味深くレザーが見ていると、顔を上げた壱谷が泰河たちの方にやって来た。
千葉中央分室の面子を見渡し、たずねる。
「突入するのはうちの役目だ。誰が鼻を切る?」
「――はい」
小神野が手を挙げた。
壱谷は頷き、配置を決める。
「じゃあ、小神野がいけ。矢蕗、ドアストームの準備」
「できてます」
「纏は小神野のフォローをしてやれ」
「はい」
「泰河」
壱谷は泰河を呼び寄せ、声を低めた。
「本当にひとりでいいのか?」
「大丈夫です」
「レザーを連れて行ってもいいぞ」
泰河は少し考えたが、
「いいえ。ひとりの方が動きやすいので」
「なら構わん。好きにやれ」
「ありがとうございます」
レザーの隣に戻った泰河は壱谷の作戦説明を同時通訳する。
「決行時刻は10:30。倉庫の裏口と周辺道路を県警の捜査員が押さえた上で、我々千葉中央分室の係員が入口につきます。最優先目標は逮捕状が取れている
「泰河さんは?」
「俺はちょっと、別行動をしてきます」
「ひとりで?」
「心配してくれるんですか?」
すると、レザーは真顔で言った。
「だって、泰河さんがいなくなったら俺誰ともしゃべれなくなっちゃうでしょ。こんなに英語が通じない国だとは思わなかった」
「……それは問題ですね。みんな英会話が出来なさすぎる」
泰河も神妙な顔で独り言ち、それから意趣返しのように微笑んだ。
「あなたが日本語を覚えてもいいんですよ? 教えてあげましょうか」
「
壱谷の号令で総員が配置につく。
レザーが小神野の真後ろに立つと、彼は少し気圧されたように身を引いた。
「なんだよ」
緊張で少し声が震えている。
「あのさ――」
レザーが小神野に何かを言いかけた。
「え?」
小神野が聞き返すが、すぐに纏が「しっ」と人差し指を立てた。
10:30。
矢蕗がドアストームと呼ばれる箱型の器具を通用口のロック部分に押しつけ、レバーを数回上下させると数秒でドアが開いた。
「――麻薬取締官だ。動く」
な、と叫ぶ前に小神野はレザーに首根っこを掴まれて開きかけのドアの後ろに引きずり倒される。さっきまで小神野がいた空間を倉庫の中から撃たれた銃弾が迸った。
「いきなり撃ってきやがった!」
纏が無線で総員に連絡する。
「犯人が銃器を発砲! 繰り返す。犯人が銃器を発砲!」
* * *
「養老にある平屋の倉庫、ね。他に人はいたの」
検察官の質問にシマノは「ああ」と気のない返事をした。
「その時は3人くらいだったかな。一番多い時で7、8人」
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