挿話 回想:キュルケ⑤
【注意】残酷描写有り
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「クレア様、こちらへ!」
妾は、妾を偽名で呼ぶピアの許へ脇目も振らずに駆けた。
そのまま、ピアの先導に従って入り組んだ路地を通り抜け、中央広場から旧王都の外縁部へと向かった。
しばらくは誰彼に阻まれることもなく、これならそのまま街を出られるかと思うた。
じゃが、事はそう簡単には運ばなんだ。
――憶えておるかのう? 先ほど、あのアキウスというダークエルフが広場に現れたときに何と言っておったか。
『――……不審な魔力を感知した』
そうじゃ。
しかも、彼奴は転移魔法の遣い手じゃった。
「‼ ――ピア、上じゃ!」
妾が転移の予兆を感じ取って叫んだ瞬間、ピアは速やかに斜め前方へと跳躍し、地面を転がった。
直後、妾たちの頭上から黒い闇の刃が雨のように降って来た。
上空へ転移してきたアキウスが連続して攻撃魔法を放ったのじゃ。
妾は魔法障壁で黒い刃を防ぎつつ、上空のアキウスへと反撃の魔法を撃ち返した。
しかし、奴はまた転移魔法を用いてそれを
「クレア様!」
間もなく、敵の魔法を避けて先行しておったピアが戻って来て、妾たちは再び合流を果たした。
「ピア。無事じゃったか……」
「はい。あの魔術師はどこへ行ったのでしょうか?」
魔力を感知する術を持たぬピアは、きょろきょろと周囲を見回した。
妾も一時、アキウスの魔力を見失っておった。
「わからん……――いや。なんじゃ、この気配は……」
程無くして、妾は一町(約百十メートル)ほど離れた場所で急な魔力の高まりを感じた。
距離を取って気配を絶っておったアキウスが、ある特別な魔法を使ったのじゃ。
「何かが来る……! あそこじゃ!」
妾が
スコルとハティという恐ろしい力を持った狼の魔物たちじゃ。
アキウスが用いた魔法は、これら二匹の魔物を召喚するものじゃった。そして、呼び寄せたその魔物らを妾たちにけしかけてきたのじゃ。
「クレア様!」
「心配無用じゃ! ひとまず、各々で対処するのじゃ!」
妾は黒い狼――ハティの猛攻を魔法障壁で凌ぎながら、白い狼――スコルに襲われておったピアとは分断される形になった。
妾がハティと争っておった最中、頭上からアキウスの声が聴こえてきた。
「……大した手腕だ。やはり貴様、『コルキセア』の第一王女などより遥かに
奴は戦いを召喚した魔物らに任せ、自身は文字通り高みの見物をしておった。
妾は、その
「――知っておるのか! 第一王女を」
妾は魔法で創った結界の中にハティを捕らえながら、上空のアキウスに対して叫び返した。
すると奴は、くつくつと
「……知っているとも。あいつを仕留めたのはこの俺だからな。まったく、とんだ期待外れだった。アレの障壁は紙切れのように
――――
アキウスの言葉を理解した瞬間、妾は血が逆流でもしたかのような感覚をおぼえた。妾の視界は、血の涙に浸ったかの如く真っ赤に染まった。
妾はハティを捕らえた結界の中に爆裂の魔法を放ち、黒狼を粉微塵に変えた。
「ほう? 分体とはいえ、ハティを歯牙にもかけんとはな。……どうした? 魔力が乱れているぞ」
アキウスは
そのときの
本気だったのなら、召喚した魔物らと同時に妾を攻撃することもできたはずじゃし、それまでの戦いでもどこか手を抜いておる節があった。
残念ながら、この当時の妾にはそのことに気づくような冷静さはなかった。
「貴様は……貴様だけは、絶対に許さん‼」
妾は怒りに任せて矢継ぎ早に攻撃魔法を放ったが、アキウスはそんな単調な攻撃で仕留められる相手ではなかった。
奴はひらりひらりと宙を舞うようにして魔法を躱し、それで避けられぬものは転移魔法で躱した。
「――ぬう……どこへ行きおった」
怒り冷めやらぬ妾が首を左右に振って辺りを見回しておると、なんとかスコルを倒したのか、全身傷だらけのピアが戻ってきた。
「クレア様! 騒ぎで兵が集まりつつあります。先を急ぎましょう!」
妾はそんなピアの様子を見て、ようやっと少しばかり頭を冷やすことができた。
「――くっ、やむを得んか」
そして、妾はピアの傷を癒そうとした。
――そのときじゃ。
「……隙だらけだぞ」
遅れて転移の兆候を感知したときには、妾の背後に出現したアキウスが魔法で生み出した闇の刃を突き出そうとしておった。
気を抜いておったつもりはなかったが、それまで無闇に魔法を撃ってきた反動か、感知の精度が下がっておったようじゃ。
「クレア様‼」
妾はそこで刺し貫かれて、終わるはずじゃった。
――ピアが妾を突き飛ばし、その身を以って妾を
「ピア……?」
気づけば妾は尻もちをついて、ピアが黒い刃に胸を刺し貫かれたところを見上げておった。
思い通りに事が進まなかったからか、アキウスは舌打ちして苛立ちを見せた。
「チッ、雑魚が邪魔を……まあ良い。お前から死ね」
「――あなたもね」
胸を貫かれたはずのピアは、目にも止まらぬ早業でアキウスの腹に紫色のナイフの刀身を突き立てておった。
「何……? これは、毒か!」
「……前衛もいないのに、魔術師が前に出過ぎなのよ」
「
アキウスはピアの胸に突き立てた黒刃を下に振り下ろし、ピアの体を縦に引き裂きおった。
辺りは一面の血の海と化し、その中にピアの体からこぼれ落ちた臓物が浮き沈みしておった。
「はあっ……忘れるなよ。次に
その惨状を作り出したアキウスは、妾に向かってそんな捨て台詞を吐きつけ、転移魔法で
「――ピア……!」
アキウスが消えた後、すぐさまピアの許に駆け寄った妾は、血の海の中でその上体を抱いた。
ピアの命を救う手立てがないことは、もはや誰が見ても明らかじゃった。
「殿……下……どう……か、ご無事……で……」
ピアは息も絶え絶えにそれだけを言って、目を見開いたまま事切れた。
そのままピアの亡骸を抱えて、どのくらいの時が経ったじゃろうな……。
妾はピアの目を閉ざすと、ゆっくりと地面に横たえた。そして、立ち上がって
兵士らの足音が間近に迫っておった。……
こうして妾は、妾に付き従った最後の家臣をも失った。
妾はピアの遺体を捨て置き、単身で王都の外へと向かった。
アキウスは退いたが、まだ何処に強敵が潜んでおるかもわからなんだ。じゃから、無駄足を踏むことはしなかった。
時折前に立ち塞がる兵士のみを討ち倒し、妾は疲労
――みなに託されたこの命を、ここで失うわけにはいかん。
その一心じゃった。
……じゃが、街の外へ出る頃には、妾の心の
――――……いつか、妾から何もかも奪い去ったあの国に、
街から離れるにつれ、妾の胸中で黒い復讐の炎が
*
独りきりで旧王都を脱出した妾は、北方の山麓に広がる森の中に身を潜めた。
そして僅かな準備期間を挟んで、いよいよ〝不死の秘術〟の儀式魔法に取り掛かった。
――妾には、他に頼る術がなかった。
生きてあの国に復讐を果たすには、これしかないと思ったのじゃ。
幸いと言うべきか、必要な素材は揃っておった。
妾に〝不死の秘術〟を伝授した師匠が、説明も兼ねて素材集めを手伝ってくれたからな。
それなりの量じゃったから、実は王都に入る前にもこの森に立ち寄って隠しておった。
秘術は成功した。
半年以上の時を費やしたが、妾はそれより不老不死の存在となった。
……ん?
……じゃから、不死になったのは丁度十六の時になるな。あれから、妾の肉体の時は止まったままよ。
……どうした? 何をそんなに驚いておるんじゃ。
――もっと上かと思った、じゃと? 失礼な奴じゃな!
それからの話か? ……それからは、まこと下らぬ話よ。
不老不死となった妾は、手始めに『コルキセア』の旧王都に戻り、街を支配しておった『アカメネシア国』の兵士、貴族や役人らを皆殺しにした。
その中には例のダークエルフの魔導師、アキウスもおった。
アキウスは容易な相手ではなかったが、妾は不死の特性を活かして半ば騙し討ちのようにして仕留めた。――言わば、「死んだふり」作戦じゃな。……ククッ、驚いた奴の顔は傑作じゃったぞ。
その後、周辺の町を幾つか訪ねて、妾の遠い血縁で生き残っておった貴族をなんとか見つけ出した。――オレステスという、壮年の男じゃった。
妾はオレステスに王位を譲って王都の守備と復興を任せた。そして、自身は奪われた国土を取り戻すべく、『コルキセア』にのさばっておった『アカメネシア国』の者たちを
オレステスは妾に王位を返そうとしつこかったが、妾は断固として受け入れなかった。
不死となった妾は最早、人と呼べるかも怪しい存在じゃった。そんな妾が、人の上になぞ立つべきではないと思っておった。そもそも、当時の妾は王になって国を治めるよりも、仇敵への復讐を第一に考えておった。
……そう。当時の妾は復讐に酔い、血に狂うておった。
妾は、オレステスに無理難題を押しつけてしまったのじゃろう。
妾が先頭に立ち、『アカメネシア国』の者らを駆逐するまでは上手く行ったが、『コルキセア』の領土は以前よりぐっと小さくなった。
国の名前も微妙に変わってしもうた。――しかも、その国自体も長続きはせんかったのじゃ。
今となっては、妾がしたことは長い目で見れば
死を恐れる必要のない妾は、そのまま単騎で『アカメネシア国』の国境を突破し、国中を荒らして回った。
『不死身の怪物』『コルキセアの亡霊姫』『災厄の魔女』……当時の妾は、そういった
何度かダークエルフの魔導師連中に追い回されたこともある。
アキウスのような凄腕の魔導師がごろごろおって難儀したが、なんとか全員返り討ちにすることができた。
何度身を砕かれても蘇る妾を見て、ダークエルフの最後の一人は酷く怯えておったわ。
そうして妾の復讐の刃は、遂に『アカメネシア国』の王――〝大王〟ステュアゲスの喉元まで届いた。
「――何故だ! 貴様に何の権利があって、我が覇道の邪魔をするっ!」
最後の一人になったステュアゲスは、手にした宝剣で妾を指しながら喚いた。
当時の妾は、そんな王の
「権利? ……知らぬな。妾は憎いだけよ。貴様と、貴様の国がな」
それを聴いて、ステュアゲスは「むう」と唸った。
「復讐か……。これも屍を積み上げる道を選んだ余自身の
「そうじゃ。これは報いよ。あの世で己が奪ってきた命の重さを数えるんじゃな」
ステュアゲスは妾の言葉を聞いてか聞かずしてか、次のようなことをぬかした。
「だが、魔女よ。これだけは言わせてもらおう。――復讐のその先に、大義は無いぞ」
妾は奴のその台詞を聞いて激昂した。
――何の大義があれば、『コルキセア』を滅ぼし、妾の大切な者たちを奪うことが許されるのか、と。
「――貴様が、それを語るなぁッ‼」
妾は魔法で無数の杭を生み出し、ステュアゲスの全身を滅多刺しにした。
全身から血を噴き出したステュアゲスは、穴だらけの
大王や、そのとき宮殿におった貴族や重役らをまとめて失った『アカメネシア国』は、中枢から混乱に陥り、内部から瓦解していった。当時『アカメネシア国』の領土じゃった土地では、どこも長く戦乱が続くこととなった。
そも『アカメネシア国』は、大王ステュアゲスの下で大小様々な国を呑み込み、急激に版図の拡大を進めておった国じゃった。それ故、大王の求心力を失って不穏分子が一気に噴出したのじゃ。
後で人に聞いた話によれば、大王が存命じゃった頃の『アカメネシア国』の治世はまだ割と安定しておったらしい。少なくとも、内地の民としてはそれまで各地で続いておった戦や争いがなくなったことを歓迎しておったそうじゃ。
妾は復讐を果たすことに固執するあまり、それがより多くの不幸を生むということには
まっこと、愚かよのう……。
『アカメネシア国』の崩壊を見届けた妾は、今度は故郷の国が再びばらばらになっていくのを目にすることになった……。
オレステスも、また――――…………。
……それから、レティシアと出逢うたあの城を手に入れるまでには、何百年掛かったかのう。
その間にもまた多くの出来事があったが、……それを語るのはまた別の機会としようか。
今日のところは、これで
――どうじゃ、下らぬ話じゃったろう?
…………なんじゃ。……泣いておるのか?
愚かな女の話と、どうか笑い飛ばしておくれよ。
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// 【後書き】
長々と間章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
キュルケ編は外伝にできそう……というか、いっそ別作品として単品で小説にしても成り立ちそうだな、と構想を練りながら思いました。
いや、主人公食っちゃってないかな、この人……。
カットした「〝不死の秘術〟の会得編(仮)」については、回想③の後書きに記したように、本編完結後に掲載予定です。
さて、次話からようやく本編に戻って最終章……と行きたいところですが、本作はいつの間にか作者も驚くほど登場人物が多くなってしまっておりまして、、心配性な作者としては、前半に登場した人物のことをみなさんが忘れてしまっているのではないかと思いました。
……というわけで、次話を間章の締め括りとして登場人物紹介に当てさせていただきます。
その次から、ちゃんと本編に戻りますので!
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