挿話 回想:キュルケ④

【注意】残酷描写有り


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 旧『コルキセア国』王都の中央広場。

 かつては一流の商店が軒を連ね、人通りで賑わっておった王都の一等地じゃった。

 『アカメネシア国』に征服された直後のその当時も、その辺りは比較的被害が少なく、かつての街並みの名残を感じさせた。


 しかし、妾が広場に向かったときは行き交う人もまばらで、陰鬱な雰囲気が拭えなんだ。

 広場の中心地は何やら柵で覆われ、見張りの兵士も立っておった。


 見れば、『アカメネシア国』の兵士の一人が、そこらにいた浮浪児に小石を持たせ、その柵の内側に向かって投げさせておった。

 そうして、賭け事でもしておるのか、柵の中の何かに当たるや当たらぬや、といったことで周りの兵士らと共に一喜一憂しておるようじゃった。


 妾はそれ・・を見て、己がまなこを疑った。


 妾はふらふらと柵の間際まで近づいた。

 そして、間近でそれら・・・を見て、両の膝を地面に落とした。


「――……嘘じゃ……」


 首が並べられておった。

 人の生首が、三つじゃ。


 妾がその三者を見紛うはずもない。

 父上、兄上、そしてエデュアが、物言わぬ首だけの姿となって並べられておった。


 ――おそらく、防腐の魔術を掛けられておったのじゃろう。後から数えたところ、死後十日以上は経っておったはずじゃが、顔かたちは比較的きれいなままじゃった。


 柵の手前には大きめの立て札があり、そこにはでかでかとした字でこう書かれておった。


『愚かにもアカメネシアへの恭順の道を選ばず、自らの国を焼いた王とその一族』


 ――エデュアが、なぜ――……!?


 王族ではなく、一介の宮廷魔術師に過ぎぬエデュアが、なぜ父上や兄上と並んでさらし首に処されていたのか。

 妾は驚嘆こそしたものの、すぐにその理由を察することができた。


 ――エデュアは妾の影武者となり、第一王女キュルケとして敵に討たれたのじゃ。


「…………すまぬ……すまぬ、エデュア…………」


 妾はそのまま地面に両手を着いて、声を上げていた。

 すぐ近くには『アカメネシア国』の兵士が幾人かおったが、とてもそやつらの目を気にしていられるような心情ではなかった。


「……なんだ、こいつ?」

「巡礼者か? どっか他所よその街から来たんじゃねぇの」

「女じゃねぇか。とりあえず、とっ捕まえようぜ」


 『アカメネシア』の兵士らは口々に勝手なことをぬかしておった。

 妾を追って、従者たるパウロとピアも駆けつけて来ておったが、それは少しばかり遅かったようじゃ。


「――クレア様!」


 ピアの叫ぶ声が聴こえたとき、妾は数名の兵士に取り囲まれておった。

 声に気づいた妾が顔を上げて周囲を見ると、兵士らは息を飲んだ。


「……なんてつらしてやがる」


 一人の兵士がおののくような声で言った。

 そのときの妾がどんな表情をしておったのかはわからぬが、胸中では激情の嵐が吹き荒れておった。


「……貴様ら、よくも父上たちを……」


 そのときを以って『アカメネシア国』の者たちは、妾にとって決して許すことのできぬ仇敵となった。

 目前に立ったその兵士らを見て、妾の感情は怒り一色に染まった。


 妾を脅そうとでも考えたのじゃろう。眼前の兵士の一人がおもむろに腰の剣を引き抜いた。


「へっ。なんでそんな怖い顔をしてるのかは知らねぇが――」


 次の瞬間、その兵士は炎に包まれた。


「ぎゃあっ‼」


 火達磨ひだるまとなったその兵士の体は、瞬く間に炭と化した。

 もちろん、妾の魔法によるものじゃ。


「ト、トマス……‼」

「やべえ! 魔術師だ‼」


 残りの兵士らも慌てて剣を抜いたが、怯えて腰が引けておった。

 妾は短杖ロッドを構え、次なる魔法を放つべく魔力を練った。


 この間にパウロとピアも立ち塞がった兵士を斬り伏せ、妾のすぐ傍まで辿たどり着いておった。


「クレア様! 今、この場で争うのは得策ではございません。一度、退きましょう」


 短剣を片手にピアが声高に訴えたが、怒り狂っておった妾はすぐに撤退する気にはなれなんだ。


「それは……此奴こやつらを片付けてからじゃ!」


 妾は手近な数名に的を絞り、殺意を込めて短杖を振るった。

 そして、放たれた魔法が容赦なく兵士どもの命を奪った――はずじゃった。


「ヒィっ‼ ……――あ、あれ? なんともない……?」


 兵士らは身をすくめたが、その身には何の変化も起こっておらんかった。


「――なんじゃとっ!?」


 妾は驚愕した。

 妾の魔法は、突如として現れた魔法障壁によって霧散しておった。


 見れば、いつの間にか兵士達の間に、暗い肌の色をしたローブの男が佇んでおった。


「……ダークエルフかよ」


 そうつぶやいたのはパウロじゃったか。

 ローブの男は耳先が長く尖っておった。


 ――此奴じゃ。


 妾は直感的に悟った。――此奴が先の魔法障壁を張り、妾の魔法を無効化したのじゃと。

 妾は『コルキセア国』の宮廷魔術師の中でも図抜けて高い魔力量を誇っておったが、その男の魔力量は妾に比肩し得るものと感じられた。


「……ネズミが。どこから紛れ込んだ」


 ダークエルフの魔導師と見られる男は、不機嫌そうな声でぼそりと喋った。


「ア、アキウス様! なぜこちらに!?」


 近くにいた兵士の一人が訊ねた。――どうやら、アキウスというのがそのダークエルフの名前らしかった。


「……不審な魔力を感知した。そこの魔術師は俺が相手をする。お前らは残りの二人をなんとかしろ」


 アキウスはそのように答えた。おそらくは、彼奴あやつも妾が並の術者ではないと気づいたのであろう。


「――ハ、ハッ!」


 アキウスの指示を受けた兵が連絡役となり、兵士達は陣形を組んで妾達を取り囲もうとしおった。



「――クレア様」

「……わかっておる。撤退じゃな」


 妾は、ピアの言葉を先回りして応えた。

 この頃になって、ようやく妾の頭も冷静さを取り戻しつつあった。業腹じゃが、アキウスの登場によって冷や水を掛けられた気分じゃった。……じゃが、それはあまりにも遅すぎた。


「はい。――パウロさん」

「あぁ、殿しんがりとクレア様の護衛だな。任せろ」


 妾達はピアの指示に基づいて、慌ただしくその後の指針を定めた。


「クレア様は敵の魔導師に最大の警戒を。おそらくアレの相手が務まるのはクレア様だけです」


 ピアのその言葉は正鵠せいこくを射ておったから、妾に否やはなかった。


「……そうじゃな」

「私が血路を開きます。――では!」


 言うなり、ピアは包囲の薄い所を目がけて駆け出した。そして、先の尖った棒状の投擲具を放って、敵の兵士を次々に討ち取っていった。

 妾も五月雨に魔法を放ち、アキウスを牽制しながら、ピアの援護をも務めた。

 妾の方へ襲いかかる兵士らは、パウロの手に掛かって一人また一人と倒れていった。


「……な、なんだよ。こいつら」

「『コルキセア』の残党か……? まだこんな手練が潜んでいたなんて……」


 妾達はたった三名でありながら、その場に集まって来ておった数十名の兵士を相手に、各々が獅子奮迅の働きを見せた。


「――クレア様! こちらへ!」


 からくも包囲を抜けたピアに呼ばれ、妾とパウロも広場から脱出した。

 追って来る兵士達からは十分に離れており、問題なく逃げ切れると思うた。


 じゃが、そのときの妾はつい、くだんのダークエルフの魔導師から注意を逸らしてしまった。


「……油断したな」


 ぞくりとするような声が頭の上から聞こえた。

 転移魔法で空間を飛び越えて来たアキウスが、妾の頭上に浮いておった。


(――しまった‼)


 妾がそう思ったのとほぼ同時じゃった。


「姫様ッ‼」


 パウロに突き飛ばされ、妾は前方に転がった。

 直後、背後で轟音が鳴り響いた。


「……パウロッ‼」


 なんとか受け身を取って起き上がった妾が後方を振り返ると、パウロは剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がろうとしておった。

 そのときのパウロは、片足の膝から下を失っておった。


 アキウスが放った攻撃魔法が、地面に大穴を開けるついでに、パウロの足の片方を持っていきおった。

 パウロが妾を突き飛ばさねば、妾は地面の染みと化していたであろう。


「――クッ、貴様ッ‼」

「おっと」


 妾が怒りを乗せて放った攻撃魔法は空を切った。アキウスはまた転移魔法を使い、何処かへ消え去った。


「……パウロッ! 大丈夫か!」


 妾はパウロに駆け寄ると、治癒の魔法を発動し、せめて足の傷口だけでも塞ごうとした。

 じゃが、パウロはそれさえも固辞しおった。


「……殿下、先に行ってください。この足では、俺はもう駄目です」

「何を――」

「早く‼」


 なおも治療をしようとした妾に、パウロは鋭い声を上げた。彼奴あやつにしては珍しく、妾が思わずたじろぐほどの剣幕じゃった。


「……このままじゃ、誰も彼もみんな、無駄死にになっちまう……」

「――――‼」


 パウロのその言葉は妾の胸を打った。


 ――そうじゃ。妾が戦を免れ、のうのうと生きておられたのは、父上やパウロらが妾を逃がし、エデュアや兄上が妾の代わりに戦ってくれたからじゃ。


 気づけば、妾は数多くの犠牲の上に生き長らえておった。

 その事実に、妾はここで初めて気づいた。


「……妾は、死ぬわけにはいかんのじゃな」

「……そうだ。……あんたは生きて、せいぜい命を繋いでくれ」


 そして、ここでまた一人、妾のための犠牲を積んでしもうた。


「わかった……。其方そなたのこと、忘れはせんぞ」


 妾はパウロに背を向け、ピアの待つ方へと走った。


 ほどなくして、背後から剣戟けんげきの音や怒号のようなたけり声が響いたが、妾が顧みることはなかった。

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