閑話 レティシアとシャパルの反省会③

 レティシアが『ゼーハム』の町でノア達と別れてから三日目の夜のことだ。


 この日の日中に『ブロセリアンド大森林』の南部に入ったレティシアとシャパルは、一本の大樹の上でその日の疲れを癒すことにした。


「反省会の続きをするニャ」


 もぞもぞとレティシアの腹の上で体を丸めながら、シャパルがそんなことを言い出した。

 何の件か、レティシアにはすぐにピンと来た。五日前の晩に行った、ノアと再会するまでに至る五年間の旅路の反省会のことだ。


「いいだろう」


 と、レティシアは応えた。



「話、どこまで行ってたっけニャ?」

「最後に話したのは、オスマンに案内されて、キュルケがいた古城に行き着いたところだったな」

「オスマン? ……ああ、あの魔術師の男ニャ」


 シャパルの言葉にレティシアはうなずいた。


 オスマンという魔術師は、レティシアが『パルティナ大陸』でそれ以前にある事件で関わった魔術師の弟子だと名乗っていた。

 その直前、ある経緯から某国の騎士達に追われる身となったレティシアは、オスマンに案内されてその古城にやって来た。

 それは、レティシアが『パルティナ大陸』に渡ってから四年半ほど経った頃――五年間の旅路の終盤のことだった。


『本来は、師の名誉を貶めたあなたなどを助けたくはないのですが』


 オスマンはそんな悪態をきながら、窮地に追い込まれていたレティシアに手を貸した。


「懐かしいニャ。あいつとはアレっきりだったニャ」

「そうだな」


 そう応じるレティシアに対し、シャパルはふと小首を傾げる。


「あれ? レティシアがギャンブルに手を出して無一文になった話って終わってたかニャ?」


 そう問われたレティシアの顔がさっと赤くなる。


「その話はとっくに済んだだろう! ……あれは一生の汚点だ。ほじくり返すのはやめてくれ」

「そうだっけニャ? まあ、済んだならいいニャ」


 そう言いながら、によによと口元を歪めるシャパルは、確信犯のようにも見えた。


 ある町で、うっかり賭け事に手を出してしまったレティシアがそれまでにせっせと蓄えた貯金を全てふいにしてしまう事件があったのだが……詳細についてはまた別の機会に記すこととしよう。


「……コホン。話を戻すぞ」

「ハイハイにゃ」


 わざとらしい咳払いをした後、レティシアは話を本来の筋に戻す。


「ほとぼりが冷めるまでという話だったが、もののついでに城内を探索してみたわけだな。あわよくば、何か値打ちのあるものでも見つからないか、という期待もあった」

「だいたい欲をかくと失敗するやつニャ」


 その後の顛末てんまつを思い、レティシアは少々瞑目めいもくした。


「……返す言葉もない。――そこで見つけたある倉庫のような部屋にあったのが、あの黄金の剣だ」


 当時、古城の中を探索していたレティシアが見つけたその部屋は荒らされており、目ぼしい物は一つを除いて見受けられなかった。唯一残されていたのが、壁際に置かれた台座に突き刺さった、黄金に光り輝く剣だった。それはいっそ、不自然でさえあった。


「……そんな所に、そんな剣が一本だけ残ってた理由を考えるべきだったニャ」


 シャパルにそんな指摘を受け、レティシアは苦い顔で頷いた。


「全くだな……。深く考えずに剣の柄に手を触れた途端に――転移の罠が発動し、次の瞬間には真っ暗な地下迷宮の中にいた」


 その剣だけが部屋に残っていた理由、それは剣そのものが罠で、誰も回収できなかったからだった。

 剣に触れたものはことごとくがその罠に掛かり、レティシアと同様に地中深くの迷宮に転移させられることとなった。


「あそこ、白骨死体がわんさか居たニャ。愚かな冒険者の末路って感じだったニャ」


 シャパルの言葉が胸に刺さったレティシアだが、なんとか気を取り直して言葉を紡ぐ。


「うん……危うくあいつらの仲間入りをするところだったな」


 そこで一人と一匹は当時に思いを馳せ、暫しの沈黙を挟んだ。

 涼やかな虫の音に飾られた静寂を次に打ち破ったのは、レティシアだ。


「随分長い間あの迷宮をさ迷っていた気がするが……地上に出た後で数えてみたら、迷宮に居たのは九日間ほどだったようだ」

「そんなもんニャ? オイラは腹がきすぎてぼうっとしてたからよく覚えてないニャ。アレは地獄だったニャ」

「同感だ。食料になるような物は何も得られなかったからな。水だけは魔法でなんとかなったが」


 一人と一匹は、暗い迷宮をひたすらに歩いた日々を思い出し、互いに渋面を作った。

 再びレティシアが口を開く。


「地上を目指してさんざん歩いたが、一向に出口に近づく感じがしなかった。後でキュルケに聞いたところ、どうやら同じ処をぐるぐるとさ迷っていたらしい。正しい道順を辿たどらなければ出口には到れないのだそうだ」

「そんな仕掛けだったニャ? ……設計者の性格の悪さが現れてるニャ」


 シャパルの感想を聞いて、誰があの迷宮を造ったかを知っているレティシアは苦笑した。


「……次にキュルケに会ったら言っておこう。

 ――もう駄目だ、と思ったそのときだ。たまたま拳をぶつけた壁の反響音から、奥が空洞になっていることに気づいた。隠し部屋だ、と思った次の瞬間には、もう反射的に壁を砕いてしまっていたな」


 レティシアのそのセリフを聞きながら、シャパルは聞えよがしに溜め息をいた。


「――レティシア、そういうとこニャ」

「うん?」


 レティシアは、依然として自分の細い腰の上に腰掛けているキツネコと目を合わせる。そのキツネコは呆れた顔をしていた。


「全然、反省してないニャ。もっと後先考えて行動しないと駄目ニャ」


 ストレートな口撃を受け、レティシアは顔をのけ反らせた。


「そ、そうだな。余裕のない状況だったとはいえ、もっと慎重に行動すべきだった。私の悪い癖だ」


 そんなレティシアの言葉を聞いて、シャパルはうんうんと頷いた。

 ばつの悪さを感じたレティシアの口調が少し早くなる。


「幸い、その部屋は当たりだった。中に居たのはキュルケだけだったからな」

「うっかりレティシアが首チョンパしそうになったけどニャ」


 今夜で何度目かシャパルのツッコミを受け、レティシアは再度たじろいだ。


「う……あそこももう少し慎重に動くべきだったか」

「……まあ、アレは仕方なかったと思うニャ。誰がどう見てもアンデッドだったニャ」


 弱り目を見せるレティシアに対し、珍しくシャパルがフォローに回った。


 隠し部屋の中に居た唯一の人影がもぞもぞと動き出したのを見て、当時のレティシアは迷わず武器を構えた。

 そして、それが骨と皮だけの化け物だと見るや否や、瞬時に距離を詰めて首をね飛ばそうと剣を振った。


「そ、そうか。まあ、運良くキュルケが攻撃を防いでくれて助かった」

「そうニャ。首チョンパしてたら、きっとデュラハンにでもなって暴走してたニャ」


 その時にはまだ声帯も回復しておらず、咄嗟とっさに声を上げることさえできなかったキュルケだったが、間一髪のところで虚空から杖を取り出し、レティシアの剣撃を遮った。


 シャパルの示した危惧に対し、レティシアは真剣な表情で頷く。


「さもありなん。そうなっていたら、私もシャパルも今頃生きてここにはいなかっただろうな……」

「あの辺りにあった国もきっと暴走したキュルケにまとめて滅ぼされてたニャ。危なかったニャ」


 危ういところで世界の危機を回避できたことを確かめ、一人と一匹は揃って安堵の溜め息を吐いた。


 その後、キュルケは魔法で声を発して敵意が無いことを示し、レティシアと和解することができた。


『久しぶりに目が覚めたかと思ったら、危うくまたすぐに殺されるところじゃったわい。まあ妾は不死じゃから、死なぬのじゃがな。ワッハッハ!』


 とは、そのときのキュルケの言だ。

 そう言ったときにはもう、キュルケは肉体を再生させて生者として復活していた。


「ともあれ、あそこでキュルケと出逢えたのは僥倖ぎょうこうだった。さもなければ、あのまま迷宮の中で力尽き、物言わぬ死体らの仲間入りを果たしていたことだろう」

「異議ニャシ」



『――ほう。地上へ戻れずに難儀しておったのか』


 レティシアと和解したキュルケは、空腹に耐えかねていた女エルフと使い魔のキツネコにどこかから取り出したパンや果物を与えながら、レティシアが迷宮に迷い込んだ経緯を聞き出した。


『妾を起こしてくれた礼じゃ。地上まで送ってやるわい。……せっかくじゃ。この二百年で世界がどう変わったかを見物しがてら、お主の旅に付き合うとしようか』


 そう言って、キュルケはレティシアの旅に同行することになった。


 それからのレティシアの旅路は、それまでが信じられないほど順調に進んだ。

 初めこそ、レティシアの冒険者稼業に対しては一歩引いた立場で付き添っていたキュルケだったが、レティシアがノアから習った〈虹の檻プリズム・ケージ〉の魔法を披露すると、目の色を変えた。


『おおお! なんじゃ、その魔法は? 超効率的な結界魔法かと思ったら、外部から放たれた魔法を内側で反射・増幅するじゃと!? お主、天才か!!』

『い、いや……。これは私が編み出した魔法ではなく、ノアの創った魔法で――』

『なんじゃと! そのノアとやらはどこじゃ? ――何、この大陸にはおらん? では、さっさと海を渡るぞい! 船の手配をするのじゃ!』


 千年余りもの長きに渡って魔法の研鑽を積んできたキュルケにとっても、ノアが創ったその魔法は目から鱗が落ちるような画期的なものだった。


 それからというもの、キュルケはレティシアが請け負う冒険者の仕事にも非常に協力的かつ積極的になった。


 そして、レティシアがキュルケと出逢ってからわずか四十数日が経った頃、二人の姿は『タンジェ』の町から『ローラシア大陸』の港町『ゾルトボルク』に向かう船の上にあった。

 その目的地の町こそ、五年前に『ザルツラント辺境領』の騎士達に追われたレティシアが大型船『ジークリンデ号』に乗り込むことになった町だ。


 往時とは打って変わって順調な船旅の末に『ゾルトボルク』に帰り着いたレティシアは、キュルケの魔法の力を借りて、その二日後にはあれほど追い焦がれたノアとの再会をあっさりと果たすことができた。



「――要するに、この五年間はキュルケを見つけるまでの旅だったニャ」

「……私も振り返っていて段々そんな気がしてきた。少なくとも、どれだけ感謝しても足りないのは確かだな」


 ざっくりとまとめたシャパルに対してレティシアも同意を示した。

 シャパルが小首を傾げつつ、一つの提案をする。


「キュルケさん・・って呼んだ方がいいんじゃにゃいか?」


 レティシアは「むう」と唸り、顎に手を添えて考え込む。


「……堅苦しいのは苦手と言っていたからな。それはやめた方がいいだろう」

「じゃあ、どうするニャ?」

「……今度、肩でも揉ませてもらうか」


 そんなやりとりを最後に、一人と一匹の反省会は幕を閉じた。



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// 【後書き】


反省会なのに、この子たち全然反省してなさそうだなーということに気づき、今話ではレティシアに反省を促してみました。シャパルは……反省する気はなさそうに見えますね……。

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