閑話 レティシアとシャパルの反省会②

※4章19話の後の「閑話 レティシアとシャパルの反省会①」の続きになります。

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 ――『シュプルング東方領』北東の街道沿いの宿営地。


 『ザルツラント辺境領』側から『ハルシュタット大公国』へ入国したレティシア達は、ここで一夜を過ごしていた。

 夜も更けようとしていたが、レティシアとシャパルによる五年間の道程の反省会はまだ続いていた。


「……話ってどこまで進んだかニャ?」


 眠くなってきたのか目をこすりながら、レティシアの膝の上でシャパルがたずねた。


「よっ……と。貴族の護衛依頼が失敗して、隣の『ヴォルビリス王国』で活動を始めたところだな」


 焚火に薪をくべながら、レティシアが答えた。


「あっ、そうニャ! メンヘラ貴族カップルに追われたせいで、元の国に居れなくなったニャ」


 明け透けなシャパルの物言いにレティシアは苦笑を見せる。


「それから二月ふたつきほど経った頃か。冒険者ギルドで『ジャルダ』の町の依頼を耳にしたのは」

「あ、あの依頼ニャ。確か、レティシアの前にも何人かの冒険者が同じ依頼を受けてたけど、ほとんど未帰還だったニャ」


 シャパルの言葉にレティシアはうなずく。


「そうだ。唯一、金級の冒険者が一人、依頼をキャンセルして帰って来ていたが、訊ねても何も答えてはくれなかった」

「もうその時点で危険な臭いがプンプンしてたニャ」

「しかし、『ジャルダ』出身だというギルドの受付嬢に泣きつかれてな……。見過ごすことはできなかった」

「レティシアだから、しょうがないニャ」


 シャパルにそんな風に言われ、レティシアはジト目になったが、彼女の膝の上で丸くなったキツネコはどこ吹く風という様子だった。

 レティシアは気を取り直して言葉を続ける。


「『ジャルダ』に移動した私達は、早々に町に略奪目的で現れた数名の野盗を捕らえ、口を割らせて奴らの根城を突き止めた。……で、主要な連中を捕らえたところまでは良かったのだが」

「その連中、すぐに逃げ出したんだったかニャ?」


 レティシアは再び頷く。


「ああ。なんと、野盗と領主が裏で手を結んでいた。初めてそれに気づいたのは、当時宿泊していた宿に襲撃を仕掛けてきた賊を捕まえたときだったな」

「ひどい話ニャン。守るべき領民を苦しめて搾取するなんて、為政者の風上にも置けない奴だったニャ」


 呆れたように言うシャパルのその言葉には、レティシアも全く同意見だった。


「そうだな。野盗を捕らえたと思ったら、あわや背中を刺されるところだった。その後、宿屋の店主の手引きで密かにレジスタンス活動を行っていた人々と接触し、領主を捕らえることになった」


 簡潔に事の顛末てんまつを語ったに対し、シャパルが首を傾げる。


「……あれ? そんなにあっさり片付いたかニャ? 確か、切った張ったの大立ち回りを何回かやってたようニャ……」


 その指摘を受け、レティシアは顎に指を添えて思案する。


「ええと……宿で賊を倒してからだと、五、六回ほどは戦闘があったな。延べ人数で二百人以上は相手にしたか」

「そんなもんだったかニャ」

「ああ」


 それを大したことでもないように語る女エルフとキツネコは、どこか一般人とは感覚がズレていた。


 そんな言葉のやりとりの後、レティシアは一つ大きな溜め息を吐いた。


「それで、首尾よく領主を捕らえたと思ったら、周囲の私を見る目がおかしいことに気がついた」


 シャパルも当時を思い出したようで、ゴロロと喉を鳴らした。


「みんな、目が狂信者みたいになってたニャ。レティシア教、爆誕ニャ」


 それを聞いて、レティシアは表情をげんなりとさせ、かぶりを振った。


「……やめてくれ。まったく、あれは何がいけなかったんだ?」

「フニャ? 活躍し過ぎたんじゃにゃいか? 住民から見たら、自分たちを苦しめていた野盗も悪徳領主もまとめて成敗してもらったわけだし」

「どうすればよかったというのだ……」


 レティシアはがっくりと項垂うなだれた。


「さあ? 『ジャルダ』の人達にもっと頑張ってもらって、後ろから応援しておくとかかニャ?」

「なるほどな……」


 シャパルの投げやりな言葉を、このときのレティシアは真面目に検討しようとしていた。



 ここで、事の成り行きを主に『ジャルダ』の町の人々の目線から補足しよう。


 『ヴォルビリス王国』辺境の『ハタハ』という領地にあるこの町の住民は、領主の圧政に喘いでいた。高い税金、不当な労役、我が物顔で町を歩く領主の私兵達、……。先見の明がある者は早々に町を出たが、ほとんどの者にはそうした自由はなく、移動は厳しく制限されていた。

 そこへ来て追い打ちのように現れたのが、町を荒らし回る野盗の一味だ。町がどんな被害に遭っても、なぜか彼らが捕まることはない。立ち向かった住民は殺され、不幸にも目を付けられた娘はさらわれ、犯された上で殺された。

 住民の代表が一縷いちるの望みをかけて冒険者ギルドに出した依頼も奏功しなかった。時折町を訪れる冒険者は、彼らの魔手に弄ばれる一種の余興と化していた。それでも、それで少しでも自分たちの被害が軽減されるならと、住民らが依頼を取り下げることはできなかった。


 レティシアが初めて『ジャルダ』の町を訪れたとき、住民達が思ったことはこうだ。


「ああ、また奴らに辱められて殺される哀れな冒険者が一人現れた」


 ところが、この女エルフはそれまでの冒険者とは一線を画す腕前と清廉潔白な心意気の持ち主だった。略奪に現れた野盗をあっという間に捕縛したかと思えば、その足で野盗の根城に向かい、連中を一網打尽にした。

 その時点で町民の見る目は変わった。特に、死んだと思っていた娘を野盗から取り返してもらった親は滂沱ぼうだの涙を流して感謝した。

 更に彼女は領主の私兵と争うこともいとわず、当初数名しか居なかったレジスタンスの者達を鼓舞して、仲間の誰の命も落とさずにいくつもの激戦を勝利に導き、遂には『ハタハ』の領主に縄を掛けるに至った。


「この方は、天が我らに遣わした戦女神の化身に違いない」


 最初にそんなことをまことしやかに唱え出したのは、レティシアに寸でのところで命を救われたレジスタンスの若者だったか。

 まずそれに同調したのは、同じレジスタンスの仲間たちだ。『ジャルダ』の町で、レティシアによって野盗の被害から救われた者たちもそれに続いた。詩の心得のある者が彼女の勇姿を讃える詩を吟じ、新手の宗教のような形で町中に浸透するまで長くは掛からなかった。


 それまで神も仏もないような生き地獄を経験してきた領民にとってはそれだけ、見目麗しいレティシアという英雄の登場は劇的だったのだ。

 彼女が巧みに魔法を操り、時に自在に空を舞ってはバッタバッタと野盗や領兵をぎ倒す姿を惜しげもなく観衆に見せつけたことが、住民の信仰心に拍車を掛けた。

 それを目にした者は興奮して周囲に語り聞かせ、折り悪く見逃した者はほぞを噛んで悔しがるほどだった。



「それで半年以上もあの町から出られなかったニャ」

「ああ。あの手この手で出立を引き留められ、気づけば……」


 嘆息するように言うシャパルに対して、レティシアは遠い目で応えた。


「とっとと夜逃げすれば良かったニャ」

「今思えばそうだったな……。しかし、『私達をお見捨てになるのですか』とか言って、泣き落としにかかって来るのだぞ。命まで捨てかねない勢いだった。あれを無下にはできなかった」

「レティシアはそういうのに弱いからにゃあ。でも、あの人たち案外したたかだったニャ。たぶん、領主を引き渡してすぐ旅立っても平気だったニャン」

「……何を言っても今更ではあるがな」


 レティシアはシャパルの言葉に応えると、ほんの少し目線をらした。


 元・領主邸の一画をレティシアのために改装して造られた静謐せいひつで上品な空間。住民たちが彼女のために用意したその一棟で、レティシアは王侯貴族もかくや、というほどの待遇を受けた。毎日変わる専属の侍女に、贅沢ではないが趣向が凝らされた美味しい料理の数々。自然を感じられる広々とした庭園に、心が洗われるような湯治場。


 ちょっとだけ「こんな生活も悪くないかも」と思ったのは、レティシアの心の中だけの秘密である。


 ちなみに、おとものキツネコもちゃっかりとそのおこぼれに預かっていたという話だ。



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// 【次回について】


 五年間の内、これでやっと二年と三ヶ月ぐらいです。

 やっぱり逐一書いていると際限なく話が伸びていきそうなので、次話では反省会の内容をいくらかスキップさせるつもりです。

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