第4章 帰還と再会
第19話 再会への道のり①
岸辺から広がる青い海の上に、太陽が惜しみなく柔らかな光を降り注ぎ、それがきらきらと反射して見る者を楽しませる。
そんなよく晴れたある日、ここ『ゾルトボルク』の町から南東の海洋を臨む港の波止場に、異国風の衣装を身に
その肩には一匹の小さなキツネコが乗っている。
「――やっっっ……っと、この港町に帰って来れたニャ!」
「長かったな……。ほんっとうに、長かった!」
キツネコ――シャパルがたっぷりと感情を込めて言うと、波止場に立った女エルフ――レティシアも負けず劣らずの情感を込めてその言葉に応えた。
「あの時から……えーと、どれくらい経ったんだっけニャ?」
「…………丸五年だ」
シャパルの問いに対し、レティシアが答えを返すまでには数拍の間があった。
そう。
レティシアとシャパルが大型船『ジークリンデ号』に忍び込んだ末に『ゾルトボルク』の港から海に旅立ってから、同じ港に帰って来るまでに五年近くの時が経っていた。彼女らが『サン・ルトゥールの里』を出発した日から数えると、この日でちょうど丸五年となる。
「五年も経ってたのニャ! ご主人様、元気にしてるかニャ〜?」
「そうだな……。里のみんなもきっと心配していることだろう」
「これ以上の無駄足はごめんニャ! さっさとノアを見つけて里帰りするニャ!」
「ああ。異議は無い」
その時、シャパルと会話をしていたレティシアの背後に近づく人影があった。
「……寸劇はそこまでじゃ」
古風な口調に相応の、堂々たる風格とあでやかな
その人物はローブに身を包み、とんがり帽子を被った紫髪の妖艶な美女だ。その姿は、さながらお
「キュルケ、待たせたか?」
「
レティシアの問いに対し、キュルケと呼ばれた彼女は悠然と
「その通りニャ!」
と答えたのは、レティシアの肩に乗ったシャパルだ。
基本的に、レティシア以外の人間の前では言葉を発することがないシャパルだが、キュルケという魔女はその数少ない例外の方に入っている。
「――それで、どうやってノアを探すニャ? もう五年も経ってるし、この大陸もずいぶんと広そうニャ」
「そういうことなら、妾に任せておけ」
シャパルの問いに答えたのはキュルケだ。
彼女はどこからともなく自身の身の丈ほどもある長大な杖を取り出し、
呪文の途中で、キュルケがレティシアに顎をしゃくった。
「ほれ、その想い人のことを強く思い浮かべるのじゃ」
「――お、想い人などでは……!」
「レティシア、今それはどっちでもいいニャ!」
「想い人」という言葉に反応して
「くっ、思い浮かべればいいんだな」
キュルケは首を縦に振り、レティシアが目を閉じて尋ね人であるノアのことを頭に思い浮かべていることを確認してから、呪文の詠唱を再開した。
詠唱が終わりに近づくにつれて、紫色の魔法陣が大きく広がる。
彼女が呪文を唱え終えると、魔法陣は一瞬、強い輝きを放った。
その光が収まり、魔法陣がかき消えると、ぱたり、とキュルケが手にしていた杖が音を立てて倒れた。
「あっちじゃな」
キュルケは何事もなかったかのように杖をどこかにしまうと、その杖が指し示した方向に向かって歩き始めた。
「……意外と地味な魔法だったニャ」
「……確かに」
そんな言葉を交わした後、シャパルを肩に乗せたレティシアは魔女の背中を追って歩き始めた。
*
「〈
街道を進む黒塗りの
「じゃが、
「馬車、か……」
「馬車……――っていう割には、馬がいないニャ」
シャパルの言葉通り、本来ならばその馬車を動かすために必要なはずの馬の姿はどこにもなかった。
にも関わらず、馬車はスルスルと順調に街道を進んで行く。
キュルケの魔法によって用意されたそれは、自ら車輪を動かす機能を持った、一種の
「馬に引かせても良いが……無駄でしかないからのう。もっと早い足もあるにはあるが、妾もあまり目立ちたくはない」
「いや。十分、助かっている。改めて、感謝を」
キュルケが「もっと早い足」というのは、この自動の馬車以上に目立つ方法になるらしい。
レティシアとしては、移動が早いに越したことはないが、既に五年も経っている以上、一日や二日縮めたところで誤差でしかなかった。
そんなことよりも、目的のノアの居処に確実に近づいているということの方が余程重要であった。
「よいよい。この程度、妾にとっては
頭を下げようとするレティシアに対して、キュルケは手を振ってそれを止めさせた。
それから、キュルケは顎に指を置いて少し思案する様子を見せた後、再び口を開いて言う。
「――そうじゃな。さしずめ、『ゴーレム車』といったところか」
「馬車」という表現に対して物言いが入ったため、キュルケはその自動馬車に
「便利な魔法だな」
レティシアのその言葉は、〈人探し〉の魔法に対するものでもあり、ゴーレムの馬車を使役して操る魔法に対するものでもあった。
キュルケはその言葉を聞いて破顔した。
「ふふん、どうじゃ。妾の魔法に感服したか」
「ああ」
嬉しそうなキュルケの言葉をレティシアは素直に肯定した。
「――しかし、お主の魔法も見事なものじゃった。なんといったかのう、そのお主の想い人の……」
「ノアか? 想い人ではないのだが……」
「想い人」という発言を一々訂正するレティシアだが、その訂正が受け取られることはなかった。
「そう。そのノアに教わったという魔法には、興味深いものが多かった。他は古臭いエルフの魔法でしかなかったが」
「ああ。ノアは私が最も尊敬する魔法使いだ」
レティシアが目を輝かせてそう言うと、キュルケは少し唇を尖らせた。
「……妾のことももっと尊敬してほしいものじゃが……まあ、それは良かろう。妾もノアに会わせてもらうぞ。……いやはや、久方ぶりに魔法についてまともな議論ができそうな相手じゃ。年甲斐もなく胸が踊ってしまうわい」
そう。キュルケの目的はノアに会い、その独自の魔法について話を聞くことだった。
レティシアが
ちなみに、どちらかといえば理論よりも感覚派であるレティシアは議論についていくことができず、キュルケも早々に見切りをつけた。
「キュルケって今
シャパルのその問いに対し、キュルケは首を傾げる。
「さあのう? 八百を越えた辺りで数えるのをやめたからのう。〝不死の秘術〟になぞ手を出すんじゃなかったわい。家族も友人もみな亡くしてしまった」
「初めて会ったときは驚いたぞ。間違いなくグールやゾンビの類いだと思った」
とある遺跡の地下深くにあった隠し部屋の中で、骨と皮だけになったキュルケが動き出したのを目にしたレティシアは、迷わずその首を
間一髪、キュルケは虚空から取り出した杖でそれを防ぐことができた。
「あれは妾一生の不覚じゃった。実験室として作った密室の中で火を点けたせいで、まさか酸欠で倒れるとは……。お主が迷い込んで来るのがあと十年遅かったら、理性をなくした不死の化け物にでもなって暴走しとったかもしれんな。ワーッハッハッハッ‼」
大笑いするキュルケだが、レティシアとシャパルはそれを聞いて神妙な顔つきになった。
「千年生きた魔女が転じて不死の怪物に、か……」
「国の一つや二つは平気で滅ぼしそうニャ。……全然、笑い事じゃないニャン」
一人と一匹のそんな評価を聞いてか、キュルケも少し真面目な顔になった。
「……さもありなん。――さて、もうすぐ国境じゃ。無難に越えるぞい」
そう言うとキュルケは幻影の魔法で、ゴーレム車を引く二頭の馬の幻を生み出し、あたかもそれらの馬が馬車を引いているかのように見せかける。
「すごいな……」
「これは、触らなければ本物の馬にしか見えないニャ」
それを見たレティシアとシャパルが揃って感嘆の声を上げたのを聞いて、キュルケは得意気な表情を浮かべた。
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// 【おまけ】
レティシアの〈
レ「い、いや。これは私が編み出した魔法ではなく、ノアという男の創った魔法で――」
キ「なんじゃと! そのノアとやらはどこじゃ? 何、この大陸にはおらん? では、さっさと海を渡るぞい! 船の手配をするのじゃ!」
――こんなやりとりがあったと思われます。
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さくっとスキップした空白の五年間についてですが、次話を閑話として明日投稿し、その中でダイジェストにまとめて紹介する予定です。
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