第4話 回想:子供時代②

 ノアを加えた私達四人は、林道を辿たどって『トレセソンの陣跡じんあと』まで向かった。

 道中は、特に問題らしい問題はなかったさ。

 月明かりもあったし、ユーグ以外は既に暗視の魔術も修めていたからな。


 陣跡に着くと、崩れかかった柵の向こうに荒廃した建物が見えていた。

 夜の闇もあって、なかなかおどろおどろしい雰囲気があったな。

 私は気分が高揚していたから感覚が麻痺まひしていたが、普通の子供なら怯えても仕方がなかっただろうな。


「ここが、『トレセソンの陣跡』か……」


 ユーグがごくりと息を飲んだ。

 隣に立っていたフラヴィも、不安からか私の手を握ってきた。

 ノアは平気そうだったが、私はなんとなく空気を変えようと思い、ユーグをからかうことにした。


「ユーグ、怖いの?」


 そうくと、ユーグは慌てて首を振った。


「べ、別に全然怖くなんかねぇし!」

「そう。なら平気ね」


 ユーグの虚勢を聞いた私は陣跡に足を踏み入れようとして、敵の気配に気づいた。


「……来る! みんな、構えて!」


 直後、襲いかかって来た動物の影に対して、私は風の刃を放って首を切り飛ばした。


「狼……?」


 つぶやいたのはフラヴィだった。

 それは森でよく見られるフォレストウルフの成体だったが、私達はその個体から目を離せなかった。

 驚いたことに、それは千切れかかった首をぷらぷらと揺らしながら、しっかりと地面を踏みしめて私達の方を振り返ったのだ。


 私はその狼の体内にうごめく何物かの存在に気づいた。


「……霊だ。悪霊に操られてる!」

「そんなの、どうしたら……」


 私やフラヴィが浮足立つ中、事態を打開したのは、ノアが無造作に放った魔法だった。

 彼が放った青白い光の矢がウルフの胴体を撃ち抜くと、それきり、その獣が動くことはなくなった。


「なっ……!」


 呆気にとられる私達三人を前に、ノアは事もなげに言った。


「ただの〈魔法の矢マジック・アロー〉だよ。霊体を直接狙うんだ。スピリットぐらいなら、これで十分」


 そう。フォレストウルフを操っていたのは、スピリット――さまよえる霊が悪霊化したもの――だった。

 里でぬくぬくと暮らしていた私達にとっては、初めて対峙たいじする相手だったな。


 ともあれ、一度コツを理解してしまえば大した敵ではなかった。

 その後も何匹かスピリットに操られた動物が現れたが、私達はそれぞれ――ユーグは多少おっかなびっくりという感じではあったが――相手を仕留めることができた。



 スピリットを蹴散らした後、私はより強力な魔力の源を感じ取っていた。

 それはノアも同じだったようだ。


「……いるね。スピリットたちを操っているものが」


 私はそのとき奇妙な嬉しさを感じていた。ノアには、自分と同じものが見えていると思ったのだ。先ほど、真っ先にスピリットを倒した手腕もあって、『彼ならば自分の好敵手になるのではないか』と、そんな風に感じていた。


「行こう」


 私は表情を引き締めると、皆を先導して歩き出した。陣跡の中で、最も大きな建物の中へと。



 建物の内部に入ると、そこはほぼ完全な闇だった。

 そこで、私とフラヴィで魔法の明かりを点けた。


 ――を初めて目にしたとき、私は混乱してしまった。


「……おや、こんな所に子供たちだけで、どうしたんだい?」


 は初め、ひどく穏やかな声で語りかけてきた。


「……え、森番の人?」

「どういうことだ? 化物はどこに行ったんだよ」


 フラヴィやユーグも困惑した様子だった。

 そう、相手はまるで普通の大人のエルフにしか見えなかったんだ。

 その時の私達三人は、レイスという魔物について、あまりにも無知だった。


「……いけないなァ。大人の言うことを聞かないなんて、悪い子たちダ」


 私達はそのエルフの男が雰囲気を変えたのを察した。


「みんな、気をつけて」

「――なんだ、あいつ? ……なんか変だぞ」

は、私たちの仲間じゃない」


 その直後、男エルフの顔が狂気に歪んだ。


「……悪い子にハ、お仕置きシないとナアァァッ‼」


 耳をつんざくような大音声に、私達は激しく動揺した。


「きゃああぁっ!!」

「あ、あいつが化物っ!?」


 私は内心の動揺を打ち消すように〈魔法の矢マジック・アロー〉を放ったが、エルフのレイスにあっさりとかわされてしまった。


「外れたっ!?」

「そんなっ!」


 レイスはまるで私達を嘲笑っているかのようだった。


「危なイ危ナい……。そゥラ、お返しダァッ!」


 レイスが両腕を振るうと、風の刃が嵐のように巻き起こり、私達を吹き飛ばした。


「くっ……! フラウ‼ ユーグ‼ 大丈夫!?」


 私はなんとかやつの魔法に抵抗することができたが、二人はそれなりに手傷を負った様子だった。


「俺は大丈夫だ! でもフラヴィが……」

「……大丈夫、よ。……私に、構わないで」


 特にフラヴィは頭から血を流しており、無事とは言い難かった。


「フラウ! 血がっ‼」

「……駄目、レティ。敵から目を離さないで」


 この時の私は完全に気が動転していた。

 思えば、子供たちだけで実戦に臨むのはこれが初めてのことだった。それまでの私は、いつも誰かに守られていたということに気づいたのは、ずっと後のことだったな。


 フラヴィに駆け寄ろうとした私は、レイスに致命的な隙をさらしてしまった。


「レティ、後ろっ‼」

「……え?」


 気づいたときには、レイスが私の真後ろにいた。


「ハッハッハッ‼ まず一人ィ……」


 私は慌てて身構えたが、防御が間に合うタイミングではなかった。


「……ぃっ‼」


 だが、レイスは唐突に動きを止めた。


「……何が?」


 見れば、レイスの手足に黒い触手のような影がまとわりついていた。


「……ふぅ、間に合った」


 そう言いながら姿を見せたのは、いつの間にかレイスの後方まで回り込んでいたノアだ。


「ノア、これはあなたの魔法?」


 私がたずねると、ノアはうなずいた。


「……そうだけど、今は説明してる時間はないかな。三人とも、一度、退こう! この拘束は長くはたない」

「今の内にやっつけちまえば……」


 ユーグの言葉と同じことを私も思ったが、ノアは首を振った。


「いや、レイスは魔法抵抗が高いから、生半可な攻撃じゃ駄目だ。それよりも傷の手当が先だよ」

「……そうね」


 ノアの説明に納得した私は、すぐにフラヴィに肩を貸し、建物の入口に向かった。ユーグが私達を追い越して先行し、殿しんがりをノアが務めた。


 建物を出た私達は、一旦、陣跡の外縁部まで後退した。

 私は陣跡を囲むように掘られたほりの中へ降りてフラヴィを横たえ、傷口に対して応急処置を施した。


「……ごめんね。足手まといになっちゃって」

「フラウは悪くない……」


 フラヴィがそんな風に謝ってきたが、むしろ私は彼女を守れなかった自分に対して憤りを感じていた。


 フラヴィを置いて壕から地上に上がった私は、ユーグに彼女の護衛を任せることにした。


「ユーグ、フラヴィをお願い」

「あ、ああ……。でも、どうするんだ?」


 焦ったようなユーグの言葉に対して、私の答えは決まっていた。


「――あいつを、倒す」

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