第5話 回想:子供時代③

 私はフラヴィとユーグの二人をほりの方に残して、ノアの所まで戻った。そのときノアは、レイスを警戒して建物の方を見張っていた。


「二人はどう?」

「壕の方で休んでもらってる」


 ノアの質問に答えると、彼はレイスがいる建物の方を向いたままでうなずいた。


「レイスを倒したい」

「――そっか……」


 私が意志を込めて告げると、ノアは顎に手を当てて考え込む仕草を見せた。


「……アレが使えるかな? いや、でも……」


 ブツブツとノアが何事かつぶやきながら考えているのを、私はただじっと見守った。

 ややあって、彼は顔を上げた。


「――レティシア、君が使える最強の魔法は何?」

「〈雷撃ライトニング〉。時間がかかるし、一発しか撃てないけど」


 〈雷撃ライトニング〉は当時、アンブローズ殿が一度だけ見せてくれたことがあって、私はこっそり真似をして習得したものだ。……その後、見つかった時は怒られたが。


「〈雷撃〉か。――うん。それなら、行けるな」


 どうやら、ノアの中で結論が出たらしい。

 彼は次のように作戦を説明してくれた。


「レイスが出てきたら、僕が動きを止めるよ。君は〈雷撃ライトニング〉をいつでも撃てるように準備しておいて」

「わかった」


 不思議なことに、この時の私はノアの説明に対して全く疑いというものを持たなかった。


 私は言われた通りに〈雷撃ライトニング〉の魔法を放つために集中し始めたので、その間、ノアが何をやっていたのか、完全にはわからなかった。

 ただ、彼も同じように集中を高め、何かの魔法の準備をしているようだった。


 建物の中に居るレイスの気配が動き出すと、ノアも既に発動待機状態となった魔法を維持したままで速やかに移動を始めた。

 そう。驚くべきことに、この頃の私がまだ苦手としていた《並行詠唱》の技能を、彼は既に身に着けていたのだ。


 私はただひたすら魔力の集中を高め、ノアがレイスの動きを止めるその時を待った。


「……ガキどもォ、どこに行ったァ‼」


 レイスが建物から姿を現す。

 すると、ノアの両手が虹色に輝き、私の知らない魔法を放った。


「な! なンだ、コの光はァッ!?」


 レイスを取り囲むように周囲の四点が強い光を放つ。それはあたかも、三角錐の檻がレイスを閉じ込めているかのようだった。


「レティシア! 今‼」


 ノアの魔法に対する驚きは一旦、頭から追い出す必要があった。

 彼の掛け声を聞いた私は高めた魔力を解放し、すぐさま〈雷撃〉の魔法を放った。

 ――そして、それは私が思っていたよりも遥かに大きな威力を発揮した。


 三角錐の檻に吸い込まれるように放たれた〈雷撃〉は、内側の壁に当たると反射を繰り返し、何度も何度もレイスの体を貫いた。


「グルルゥワアアァァァッッッ――‼」


 レイスの断末魔の叫びが、長く長く響き渡った。

 それが止んだ後、レイスの気配は完全に消えていた。


「倒した……?」


 私は最大の魔法を放った虚脱感と、自分の魔法が想定以上の威力を発揮した事実に対して、やや呆然となっていた。

 そこに笑顔のノアがゆっくりと歩み寄ってきた。


「やったね。初の組み合わせだったけど、上手く行って良かったよ」

「今の、何……?」

「今の魔法のこと? 僕が創った魔法だけど。さしずめ、〈虹の檻プリズム・ケージ〉ってとこかな」

「……魔法を、創った?」


 そう。ノアはこのときから独自の魔法を開発していたのだ。後から聞いたところによれば、先の黒い影でレイスを拘束した魔法も彼が開発したものらしい。


 それを聞いて、私は頭に大きな衝撃を受けたように感じた。

 当時の私にとって、魔法とは先人に習って覚えるものだったから、新しい魔法を創るなんて思いもよらなかった。

 いや、当時の私のような子供でなくとも、大抵のエルフは魔法を創ろうなどとは考えもしない。

 里の一部の魔導師は新たな魔法を研究していると聞くが、こと実践に関しては既に当時のノアの方が上を行っていたように思う。

 ノアのやっていたことは、それほど常識外れのことだった。


「すごい……」


 そんなわけで、その時の私の胸中では、ノアに対する尊敬の思いが急速に大きくなっていた。


「レティシアが十分な威力の魔法を撃ってくれたおかげだよ」

「レティ」


 謙遜するかのように私をたたえるノアに対して、私は反射的に言葉を返していた。


「え……?」

「私のことは、レティと呼んで」

「……そう? わかったよ、レティ」


 ノアは少々戸惑いながらも、私を愛称で呼ぶことを受け入れてくれた。



「――そのときから今日に至るまで、私が自分を愛称で呼ぶことを許したのは家族以外ではフラヴィとノアだけだ」


 森の見張り小屋の中で。

 草木もすっかり寝静まった頃、語り続けるレティシアの声だけが延々と続いていた。


「……おい、シャパル。ちゃんと話を聞いているのか?」


 しばらく反応を見せない妖獣の様子をいぶかしんだレティシアが訊ねると、ゆめうつつだったシャパルが目を擦りながら答える。


「あの〜、レティシア。もう夜もけっこう遅いし……。ぶっちゃけ、その話もう何度も聞いてるニャ」


 それを聞いたレティシアは驚きに目を見張る。


「何っ! ここまで詳しく話したのは初めてだぞ」

「それはそうかもだけど……断片的には繰り返し聞いてたから、新しい情報がほぼゼロにゃ」

「そんな馬鹿な……」


 肩を落とすレティシアだったが、眠気が限界に達したシャパルには彼女を気遣う余裕はなかった。


「ふわぁぁっ……。オイラはもう寝るニャ。おやすみニャ……」

「くっ、そうだな……。私もそろそろ休もう」


 こうして、レティシア達が旅立ったその日の夜は更けていった。



 その後、レティシアとシャパルは『ブロセリアンド大森林』の中を東へと進み続けた。

 あるときは道なき道を切り開き、またあるときには凶暴な魔物と戦った。

 そして、集落を出た日から数えて三日ほどが過ぎた。


 レティシア達は、未だにノアの足取りを掴むことができずにいた。


「……こっちには来てないんじゃないかニャ?」

「人里へ向かうなら、最も確実な方角だと思ったのだがな。まあ、そろそろ人間の領域に入る。一旦、情報を得るのが良いだろう」


 その夜が明けて更に翌朝、レティシアは人が整えたと思われる林道を歩いていた。ただし、雑草がかなり繁茂していることから、人通りが多いわけではなさそうだ。


 しばらくして、レティシアは前方に一台の馬車を見つけた。


「……人間かニャ?」

「そのようだ。話を聞いてみよう」


 馬車に追いついたレティシアは、御者台の人間に声を掛ける。


「もし、そこ行く方。道を訊ねたい!」


 御者台の男はレティシアの姿を認めると手綱を引き、馬車を止める。

 そして間近で彼女の顔を確認して、ハッと息を飲んだ。


「……どうかなされたか?」

「驚いた。エルフの方ですか」

「ああ、そうだ」


 レティシアはまず、これから向かおうとしている人間の住む村について訊ねることにした。


「『フィダス』という村に行きたいのだが、この道で合っているだろうか?」

「『フィダス』ですか?」


 村の名を聞いた男は、驚いたように問い返した。


「ああ、そうだが……」


 男は大きくかぶりを振った。


「あそこが村だったのは、ずっと昔の話ですよ。今では人っ子一人住んでいません」

「――――え?」


 レティシアは驚きの余り、しばらくその場に立ち尽くすことになった。



////////////////////////////////////////////////////////////

// 【おまけ】


レティシア「ノアはレイスと戦ったことがあったの?」

ノア「なかったけど?」

レ「なのに、どうしてそんなに詳しいの?」

ノ「叔父さんに聞いてたから」

シモン「……二人だけでよくレイスを倒せたな」

レ「!?」

ノ「念のために知らせておいたんだよ。万が一があったらまずいからね」

レ「……やっぱり、ノアはすごい。脱帽」


※作者注:シモンは森番を務めるエルフの中でも屈指の強者という設定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る