婚約者は微笑を浮かべその愚か者を評した
ほとんど聞こえないような音で唸った男は、「だがしかし」とこの期に及んで言い訳めいた言葉を重ねようとする。
それを令嬢が無情にも遮断した。
「隣国の愚かなる方々に憧憬を抱くことはおやめくださいませ」
ようやくここで男は顔を上げ、婚約者の令嬢を見やる。
令嬢がいつも通り柔らかく微笑んでいたことに、男はほっと息を吐いた。
それがたとえ淑女の仮面の笑みであったとしても、男には問題はない。
男はつい開き直ったように見える小さな笑みを零した。
「あの彼があっという間に廃嫡されて、市井に放り出されたと聞いてはね」
「子が出来ぬよう処理されたうえでですわよ。殿下はそこまでのことをお望みでして?」
その方法を想像してしまったのか、少しだけ眉間に皺を寄せたあと、男は苦笑するように言った。
「この身で生まれてしまったからには、それもやむを得まい」
「そこまでのお覚悟をお持ちとはご立派なことにございますけれど、殿下とかの愚物とはお立場が違いますのよ?」
「ぐぶつ」
「言い過ぎとは思いませんわ。あれは愚か者だったからこそ、簡単に身分を剥奪されて捨てられたのです。その他の部分が優秀であったならば、まだ使い道はありましたでしょうに」
「つかいみち……うん……まぁ……分かるものはあるけれど。あのときも彼の振舞いには驚かされてばかりだったねぇ」
数年前に見聞を広めるためと称し件の隣国の王太子がこの国を来訪していた。
次代の王としてお互いの顔を合わせておきましょう、という場にも違いはなかったのだが……。
「わたくしの立場ではこのようなことを言ってはなりませんけれど。今回のこと、いい気味ですわ」
次代の王妃となる予定の公爵令嬢にこのように言われるほどに、隣国からやって来た王太子は礼儀のなっていない男だった。
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