隣国の王太子がいかに愚か者であったか

 隣国は何故あのような男をこの国に使わせたのか。これも何かの計略か?と疑わせたほど。

 隣国の元王太子の振舞いは目に余るものだった。


 何せ他国の王太子の婚約者を、その王太子の前で口説き始めたのである。

 自国には自身の婚約者を置いてきているというのに。


『なんと羨ましきことだろうか。国から勝手に定められし婚約者殿がこれほどに美しくお優しきご令嬢であるという幸運。私など口うるさいだけの可愛げのない忌々しい女が婚約者だというのに』


 他国で婚約者の悪口を告げるとは何事か。それも相手はその国の王族ぞ。

 それにな。来賓中の他国の王族に優しくしない恥知らずな令嬢がどこにいるというのだ。

 まぁな。確かに私の婚約者は美しいが。いや待て、確かそちらの婚約者殿もかなり美しい令嬢であったと記憶しているぞ?隣国では可憐な華と称されて有名な令嬢ではなかったか。


 男が面を食らって心の中で本音を吐き出しているうちに、その王太子は一人で勝手に盛り上がり話を進めていった。


『む?もしや君も婚約者に不満をお持ちで?ならばどうだろう、婚約者を入れ替えては。いずれにせよ彼女たちは王太子妃になり、ゆくゆくは王妃となる。とすれば、どちらの国であっても立場は変わらん。どちらでも問題ないな。これは良きこと。我ながら妙案である。今日は頭が冴えわたっているな。それも斯様に美しき令嬢と運命的な出会いを果たしたからに違いない。もはや神の導きし運命。是非に即時の交換を……むっ?何をする……なにをっ』


 隣国から同行していた複数の側近たちが王太子の口を押さえ、身体を押さえ、それに加わらなかった別の側近の一人は深々と頭を下げてこう言った。


『申し訳ありません。我が国の王子は長旅のゆえに少々お疲れのようでして。本日のところはこれでお休みせていただきたい』


 うん、是非そうしてくれ。出来ればそのまま国に帰ってくれ。

 と言ったかどうかは覚えていない男であったが、その後に婚約者と、そして母である王妃が大層ご立腹であったことはよく覚えている。

 その怒りの矛先はすべて男に対してだった。

 はっきり否定しなかったことが問題だと言う。

 しかし疲れて世迷い言を発したことにせず真面に取り合っていたら、この件は一体どう転んでいたことだろうか。考えるだけでも男の胃は痛むのだった。


 もう終わったこと、結果が出たことは考えぬに限る。

 男には日々憂い事があり過ぎるのだから。



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