第71話 「当然」の話

「……ど、どう?! これがワタシに唯一できる事だよ! あ、アンタたちの回復担当よりもずーっと強力な回復! もっと時間短縮だってできるんだから!」


 腕をまっすぐ伸ばして声を張り上げるミャルメン。ミャチメンの「妹」発言には何も返さなかった。というか目すら合わせていない。


「あっしの妹は有能だねぃ。こりゃあ可哀想だがこいつら死んじまうねぃ」

「そう、そうなの! アンタたちがいくら大ダメージを与えようと、一瞬で治せるんだよ! 無駄な抵抗しないで殺されるのが賢明な判断ってこと!」


 ……兄妹仲、少しはよくなったのかもしれない。でも、殺されるわけにはいかない。いくら兄妹愛が強かろうと、やっていることが下衆なことに変わりはないのだから。


 自分の「生き返りたい」という欲望は誰だって持っていていい。当たり前の感情だ。いけないのは欲望のために他の人のこれからの行き先を奪うことなんだ。


 そして、欲望のための行動を自分で勝手に正当化するのは、最もしてはいけないことだ。


「ミャルメン、ミャチメン。きっと、ふたりは、最後までちゃんと生きられずに死んだんだろうと思う。僕もきっと生き返りたいと思う。……でも。僕は殺される覚悟ができてる。けど、何も知らない人が道半ばで殺されたらどう思う?」


 今更説教めいたことを言ったって遅いのは知っている。それでも、僕は知ってほしかった。殺された人はまた生き返りたいと思うに決まっている。


 連鎖していくんだってことを、気づいて欲しかったんだ。


「……サザナミ、言いたいことはよく分かるが、くどすぎるな」


 知らない間にうつむいてしまっていた僕の頭をポンと叩き、ドラゴンは一歩兄妹に近づく。もちろん近寄られた側は身構える。


「要約してやろうか。サザナミの言いたいこと」

「何だぃ、急に殺気立つじゃねぇか。アンタたちが言いたいことなんてどーでもいいねぃ」

「そうだろうな。長ったらしいならなおさらだ。だから俺が分かりやすーく言ってやる」


 幼い子をなだめるような口調でささやく。ドラゴンはふたりの間合いに入り、顔を覗き込むような形になった。



「お前らは、どうしようもないクズってことだよ」



 僕は後ろからドラゴンの背中を見ていたから、どんな顔をしていたのか分からない。でも、ふたりのあからさまに不愉快な顔を見て、大体の想像がついた。


「そうかい……。そう……アンタがそう思うんなら、それでいいねぃ」


 先ほどまでと同じ、どこか力の抜けたミャチメンの声。


 その中にとぐろを巻いている憎悪にも近いような感情を、見逃してはいけない。


「だがねぃ、この世の中ぁ、他人の事情を考える余裕がどこにあるかねぃ? いつだってそうだ。熟考して引っ込んだ奴から負けていく」


 ミャチメンがブンと羽音を立てて空中へと身を移す。


「それに気づいて自分の意思を、欲を、どこでだって貫き通す奴もいるよなぁ? 会議で意見を無理矢理にでも通すだとか、他人を押しのけてまでグッズを買いあさるだとか」


 ミャルメンもひりついた雰囲気を感じ取り、また来るであろう回復の時に備えて洞窟の後ろに下がった。


「その身勝手ともいえる行為は、しばしば勇気があるだとか、カリスマ性があるだとかってみんな褒めるよなぁ?」

「……で? どういう言い訳だ?」

「あっしらがやっていることはそれらと何ら変わりはないってことさ。『負けないために行動する』ことの何がいけないのかって話だねぃ」


 ミャチメンはゆるりと空中で停止しながら肩をすくめた。一貫して飄々とした態度でつかみどころのないこのオバケが、明確に僕たちと相対した瞬間であった。


「まあ、話し合いの場じゃねぇんだ、ここは。言うならば……あれだねぃ。『処刑場』ってやつだねぃ」


 息をするのも忘れて、瞬きする間も潰して、ミャチメンに鋭いナイフの切っ先を向ける。


 精神をギリギリまで削って警戒していた。それは本当。


 なのに。


「兄」は一瞬で、上っ面だけの穏やかな笑みを崩さずに目と鼻の先までやってきた。


「嫌な死に方ってあるねぃ。それは、一発で死ぬんじゃなくて、苦しみながら己の最期を悟るってやつだ」


 猫のように瞳孔をかっぴらいてそう言った次の瞬間、ミャチメンの毒針が僕の腹に深く突き刺さった。


「……?」


 異物が僕の腹を喰っている。そんな感覚で気持ちが悪くて、少し後になってやっと痛みが認識できた。


「サザナミ!!!」

「……っあぁ……、ち、血……! は、はら、が……」


 言葉を発すると肉も中身も全部出て行ってしまいそうな気がして、上手くしゃべれない。気持ち悪い。僕の身体に血が巡っているのを考えると拳が握れないほどに力が入らなくなる。


「あぁ、すぐには死なないから安心するんだねぃ。ちょっと深く刺しすぎたかもしれねぇが、そんなに血は出ないはずさ。ゆっくり毒が全体にまわって、グズグズに思考を溶かしながら死んでくんだ」


 勢いよく針が抜かれ、反射的に地面にへばりつく。


「……ーっ、!!」


 だい、大丈夫だよって、ドラゴンに言いたい。けど、痛くて声が出ない……!


「サザナミ、……」


 ドラゴンがこっちを見てる。心配しないでほしい。他の人のことを考えると、勝てる相手にも勝てなくなるから。お願いドラゴン、僕のことはそこら辺の雑草とでも思って……。


「さあ、手負いの仲間を心配してどこまで戦えるかねぃ?」


 ドラゴンは綺麗な顔をくしゃくしゃにして舌打ちを加える。


「うちにはな、頼れる回復担当がいる。毒なんて一瞬で治せるさ。毒が回る前にお前らを倒してそいつのところに連れていけばいいだけの話だ」

「……希望を持つのは大事なことだねぃ」

「希望なんてほわほわしたもんじゃない」


 ドラゴンはいつもとさほど変わらぬ淡々とした口調で続ける。


「俺が話したのは、『当然』の話だ。俺は絶対にお前らに勝つし、サザナミも死なせない」


 だけど、僕は見た。ミャチメンの中のどす黒い感情と同じくらいの力を持つ、ドラゴンの中の決意を。


 当たり前に勝とうとする強さを、確かに見たんだ。

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