第70話 どうしてアンタは

「ワタシは弱いよ。ずっとミャチメンの背中を見なきゃいけないくらいには」


 僕は思う。さっきはあんな下衆な態度をとってはいたけど、実際僕もムカついたけど、その態度すらも飾りに過ぎないのではないかと。


 だってほら、すごく悲しい。


 そんなミャルメンを見てつい戦うのをためらってしまうのは、僕の悪いところなんだろう。もう敵なのははっきりしたんだから、とっとと切りかかってしまえばいいのに。想像しただけでも、上手く身体が動かなくて。


「何でワタシがあなたと相対しているか分かる? 生き返りたいからだよ。あなたを殺せば生き返らせてあげるって言ってくれたオバケがいたの」


 不気味に微笑む妹の偽物の姿が浮かぶ。


「でもね、ワタシだけじゃあなたたちを殺せない。だからね、だからね……」


 次の瞬間、ミャルメンの姿は僕の目の前になかった。


「っミャルメン、さん?! どこに、」

「だからね! ワタシは強いミャチメンの役に立つの! 絶対に!」


 それじゃあどこにいたかって? そりゃあもちろん、頼れる戦闘力を持っている義理の兄、ミャチメンのところに決まっている。


 ミャルメンは、ドラゴンの殺虫剤に虫の息だったミャチメンに優しく触れる。


「……ミャル、お前ぇ、薬まみれのあっしに近づいたらぁ、お前も苦しくなるだろうよ……」

「何っ? 何を言ってるの?! ワタシにはこれくらいしかできることがないんだよ! ワタシはアンタのこと好きじゃないけど、人間たちに勝ってほしいと思っているんだよ!」

「……ふぅん」


 ふたりが会話している間の隙をも見逃さずに、ドラゴンは再び殺虫剤を手に走り出す。僕もそれに続いて狙いを定める。


「素晴らしい兄妹愛ってとこだな。お前らがやっていることを除けばの話だが」


 ドラゴンが抑揚のない声で言ったのもつかの間、ミャルメンが大きな尻尾を揺らして、何か始めるようだった。尻尾の先から出ているのは……糸?


「愛なんてない! ワタシはただね! 生き返りたいの! そのためにあなたたちを殺したいの! そしてそれができないワタシはね、こうするんだよ!!」


 泣きじゃくりにも近い声で叫び散らしたミャルメンは、自分ごとミャチメンを糸で丸く囲った。攻撃が不得意なミャルメンのことだ、この中ではきっとミャチメンの回復が行われている。


「ドラゴンさん! この糸切りましょう!」

「言われなくても分かる、この程度」


 ドラゴンは殺虫剤を一旦引っ込め、小刀を握りしめた。


「本当はチェーンソーでも出したいところだが、大掛かりなものを出したところで俺が死ぬだけだからな、これで我慢する」

「はいその通りです! 死なないでください!」

「……何だかとても不快だが今はどうでもいいか」


 軽く舌打ちをしたドラゴンは、息つく暇もなく糸を切り刻み始めた。まるで雑草を刈り取っていくように。それはそれは手慣れていた。ナイフは僕じゃなくてドラゴンさんが持つべきですわ……。


 ドラゴンの手さばきに圧倒されながらも、僕だって糸を切りまくる。ずっと切っていればいずれはふたりが見えてくるはず。その一心でやっていた。


 ……のだが。


 どうしてか、糸しか見えなかった。


「ドラゴンさん? 僕たち、もうずいぶん糸切職人やってますよね……?」

「あぁ。5分はやってる。明らかにおかしい」

「ミャルメンさんが糸を出し続けているんでしょうか。回復までの時間稼ぎになりますし」

「まあそんなところだろう」


 もし仮にそうだとしても、僕たちにできる事は糸を切り続けるだけなわけで。それを分かっているドラゴンは手を止めない。


 糸の中で何が行われているか分かっているというのに直接攻撃できないこのもどかしさ……。


 くうぅーー! 僕の力不足がここにきて響く! 体育を真面目にやっていれば何か変わったのかもしれない!


 と、もうやけくそになって、やたらめったらに糸をプッツンプッツンしていると。


「……サザナミ、声が聞こえないか」

「はい、ドラゴンさんの声ですよね」

「違う。あのふたりの声が、だ」


 ドラゴンがやたらとひそひそと言うものだから、耳をすましてみる。すると、本当に糸の塊の中から聞こえてきた。カの羽音くらいの大きさではあるが。


「ワタシがやれることはやったよ。だから……。あの人たちを殺してよ。ちゃんと最後まで生きさせてよ」

「……殺すさぁ、ミャルが望むなら」

「…………。今きくことじゃないけど、さ。ワタシはアンタを好きじゃない。なのにどうしてアンタはそんなに……」


 頑丈に巻かれていた糸は、ミャルメン心の揺らめきと呼応してほどけていく。傷一つない、ふたりのオバケの姿がそこにある。


「どうしてアンタはそんなに、ワタシに優しいの」


 地面をにらみつけるミャルメンと、ミャルメンを見つめるミャチメンはその場に立ち尽くす。


「ンンー、優しい優しくないの問題じゃなくてねぃ。妹だからだよ」


 そう軽々と返したミャチメンには、傷一つ残っちゃいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る