第69話 偽物の関係
「いいねぃ、ドラゴン。どうせ負けるなら強い奴に負けたいからねぃ」
覇気のない声を出すミャチメン。しかし、既にハチの毒針があらわになっていた。それはナイフよりも鋭く、先からは毒液が垂れ流されている。
「お兄ちゃん、そういうこと言わないで? ワタシたちは二人を殺すんだよ!」
「まあ、まあ。最初っから躍起になってちゃあ身が持たないぜ?」
「最初から全力でいけるようにワタシがいるのに!」
頬をふくらませて怒るミャルメン。回復担当じゃないかっていう僕の憶測は当たってるみたいだぞ。
「ミャルはまだ下がってな。ナイフを振り回すことしか出来ないお子ちゃまと、愛龍を失った人間だ。あっしがカタをつける」
「……へぇ」
ミャチメンは洞窟の後ろの方にミャルメンを退避させた。僕たちを明らかに侮った言動に、ドラゴンが吐息の多い声を漏らす。
「どうやら四天王様は、自分が人間より強いとお考えのようだ」
聞いているこっちでさえゾクゾクするような声。何だ? さっきからドラゴンの様子がおかしいような気がするんだけど、気のせい? ナオと戦った時と同じようなものを感じるんだけど?
そのドラゴンは、直立していたミャチメンに高めの蹴りを入れた。
ミャチメンは身をかがめてそれを避けるも、体勢を整えようとした隙を見逃さずに後頭部にヒットさせたのだ。
「……痛いねぃ。なんだい、龍がいなけりゃ自分で殴る蹴るしかないのかい? そんなこたぁないだろう?」
「『最初から躍起になってちゃあ身が持たない』だろ?」
「……だな」
悪者にしか見えない笑みを浮かべたドラゴンは、毒針のついている腹を潰しにかかる。ミャチメンもそう何度もやられる訳はなく、羽ばたいて軽やかに回避した。
「あぁ、謝っとくぜぃ。あっしは空中にいればあんたの攻撃は全部避けられる。フィジカルで勝負しようと考えてんだったらあ、あんたは負けだ」
「丁寧にどうも。しかしねぇ、俺にできることがこれだけだといつ言った?」
次の瞬間、ドラゴンの手が握っていたのは、まさかの殺虫剤だった。
「なっ」
殺虫剤が目に入ったミャチメンは一気に距離を置く。あー、ハチだから? というかドラゴンそれ強すぎない?
「俺の魂の龍が連れ去られたからといって、魂全部抜き取られたわけじゃない。現に今生きている。小物くらいならつくれるぞ」
「あんたの戦い方は知ってたけど、卑怯だろぃ、それはぁ!」
大きく羽ばたいて上昇したミャチメンに、ドラゴンは仏頂面でスプレーを噴射する。いや、本当に絵がハチの駆除なんですけど?!
「っはぁっ、ちょっとは考えろぃ、こんなん全然面白くないっ、だろ!」
「俺はエンターテインメント性を求めてるわけじゃないからな。問題ない」
「苦しい、ぅあっ、んっ、あぅ、お、おいっ!!」
「はは、とことん苦しんでくたばれ」
スプレーをがっつり浴びて、ミャチメンの羽音が少しずつ弱くなっていく。その様子を見ているドラゴンはぶるりと肩を震わせる。僕はドラゴンの仲間だけど、やっぱり怖くなってきたよ。もしかしなくてもこの人Sなんじゃ、
「サザナミ、ぼーっとしてる暇はないぞ」
「っ! そ、あ、すみません、」
若干緩んだ顔のドラゴン。……だめだめ! こういうことを考えていると殺されるんだぞ!!
「ハチは俺がやる。お前はあのクモをどうにかしろ」
殺虫剤を片手に、洞窟の奥を指差す。その先には、兄を心配そうに見つめるミャルメンがいた。
「……そうですね」
「くれぐれも俺の心配はするな。一瞬の隙が命取りになることはお前が一番分かってるだろ」
「当たり前です」
この有様を見てしまえば、ドラゴンを心配する気になることは無いだろう。なんせ逆にミャチメンがかわいそうに思えてくるほどなのだから。
殺虫剤にもがくミャチメンの横を駆け足で通り過ぎ、少し怯えたようなミャルメンのそばに寄る。仮にも四天王。警戒はしているが、攻撃してくる気配がない。
「……えと、何か、……」
無様に言葉を探す僕を、クモの巣にからまる虫のように眺めるミャルメン。
「僕とあなたは敵同士ですし、あなたたちの目的が僕たちを殺すことなんですから、うーんと……。攻撃、しないんですか?」
決して煽りではない。そっちから攻撃してくれれば、僕だって死なないために必死こいて抗う。でもね? 何の言葉も交わさずに切りかかるのは抵抗あるよ? 僕の目的は四天王を刺すことじゃないからね!
「あ、何かさーせん、」
「分かってるよ」
嫌な雰囲気を払拭しようとあくせくしていると、とげとげしい返しが食い気味にやってきた。
「もしワタシがあなたを殺せたら、もうとっくにやってる。もしワタシが強かったら、あのハチとなんか一緒にいない」
ふわふわな尻尾が揺れる。声も震える。笑顔のメッキがはがれて冷酷さが姿を現したばかりだが、それすらもはがれてしまったようだ。
強い劣等感の気配がする。
「あのハチって、ミャチメンの」
「それ以外誰がいると思う? アイツはワタシのことを妹だと言うけど、血なんか繋がってなかったんだよ。それぞれの親が再婚しただけ。兄妹なんかじゃない」
六本の腕にそれぞれ力が入れられる。
「分かってるよ。言われなくても」
ワタシは、弱いよ。
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