第68話 聞いちゃった

 ミャチメンが僕たちを小馬鹿にするような笑みで放った言葉にも、ドラゴンは動じない。少しだけ語気を強めて続ける。


「そりゃそうだろ」

「うぅん……。仲良くはなれなさそうだねぃ」

「仲良くなる気なんてないだろ、殺すって言われたんだぞ」


 どこか軽くて掴みどころのないオバケだ。何? 余裕があるって言うの?


「あんまりグダグダしてるとボスに怒られるからねぃ、とっとと終わらせようや」

「……」


 さっきから本っ当にミャルメンが喋らない。戦う気はあるのか? それとも何だ、フェアさんみたいに回復専門なのか? 分からない。しかもこの二人兄妹らしいぞ? 情報量?


「ちょちょちょっと待ってください! 僕たちミャルメンさんの声を聞いてません!」


 もう戦闘が始まりそうな雰囲気のところを、失礼ながらぶった切らせていただく。


「……サザナミ」

「すみませんねぇ、ええ! いいところなのに! でもねぇ! 僕、ミャルメンさんに踊らされてたって考えると、なーんかむしゃくしゃするんです! 一言くらい喋ったらどうですか! ミャルメンさん!」


 急に叫び散らかす僕に向けられたドラゴンの視線は、ゆっくりとミャルメンに移動した。視線が集まっているのに気づいたミャチメンは、ミャルメンの前に立ちふさがった。


「あっしの妹を責めるのはやめてくれるかねぃ」

「べ、別に責めてないです! ただ僕は、ミャルメンさんが、どういう気持ちでここにいるのか、聞きたくて」

「……」


 ミャチメンの鋭い三白眼が僕たちをにらむ。先ほどまでの余裕が引っ込み、敵意をむき出しにする。


「そうかい、本人から聞きたいかい。そんなら、お望みのままに聞かせてやるよぃ」


 トゲのある声が洞窟に響き、ミャチメンは一度ミャルメンの前から退いた。相変わらずミャルメンは目を合わせる事すら拒んでいる。


「おーいミャル。こいつら、お前さんの声が聞きたいんだと。『あー』でも『おー』でも言ってやれぃ」


 ミャチメンの声を聞き、ミャルメンの真ん丸な可愛らしい瞳が僕らの足元を見つめる。


 いやここで思うことじゃないけどさ。ふわふわの大きい尻尾みたいなのも、顔も、八本ある足も。可愛いんだよ、君。


「サザナミさん、ドラゴンさん……。危険なライ林に誘導するような形になったこと、謝ります……」


 やっと口を開いてくれた。声は予想以上に震えていて、身体全体も震えているように見える。そうだよな、やっぱり悪い子じゃないんだよ。何かの手違いで四天王になっちゃっただけでさ?


「だ、だよね、僕もあんまり戦う気がおきなくt」

「とでも言うと思った?」



 ……え?



「馬鹿みたい。ほんと笑える話聞いちゃった。自業自得だとしか思えなくなっちゃった」

「ダーハッハッハッハッ! やってくれるねぃミャルゥ! さすがあっしの妹よォ!」


 もうすっかり顔を上げたミャルメンと、腹を抱えて笑うミャチメン。理解が追い付かなかった。


 ミャルメンはとどめを刺そうとばかりにスススと僕に這い寄ってきた。腕で胸をコツコツと叩かれる。


「まだ頭が整理できてない? じゃあ言葉で説明してあげるよ。ワタシはね、申し訳ないだとかはこれっぽっちも思ってない。あなたたちを仲間だとも思ってないし、初めて会った時から嵌める事だけを考えていたんだよ」


 耳元で意地悪にささやかれても、何の興奮もない。むしろ絶望、いや失望の方があっているだろうか。


「おいミャルメン、サザナミから離れろ」

「あー、ドラゴンは最初からワタシに冷たかったよね。もしかしてワタシのこと怪しんでた? それならすごいなぁ」

「どうでもいい。変なことをするな」

「大丈夫だよ、現実を教えてあげただけだから」


 ドラゴンが横から威圧感マシマシの声をかければ、ミャルメンは嘘まみれのハグをして僕から離れた。


「どうだい? あっしはあんたらが望むことを叶えてやったぜ? ミャルメンの声を聞くってのをねぃ」

「今まで黙っててごめんね、どんな反応するか見てみたかったの」


 僕は、どうやら間違っていたらしい。


 ミャルメンは味方ではなくとも、悪い奴ではないと思っていた。やむを得ず四天王側にいるものだと思っていた。


 だから、戦う気が起きなかった。


 でも……。


「大丈夫ですよ、お二人とも。やる気出ましたから」


 完全に僕たちの敵だというのが分かれば、思いは一つだ。


「俺は最初から殺る気だったんだがな」

「いやそれは本当にすみません」


 ほんの少し不機嫌そうなドラゴンと共に、ミャチメン、ミャルメン兄妹の向かいに立つ。


「勝つぞ、この戦い。俺たちは殺されに来たわけじゃないからな」

「はい、ドラゴンさん!」


 横目で見るドラゴンの表情は、倒しがいのある獲物を目の前にしてぎらついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る