第66話 初めて見た景色

「コナミ!!!」


 私に倒されたイタチを見て、今までにないほど動揺したピンク髪。即座にイタチに駆け寄った。


「コナミ……」


 血走ってはいない。見開いてもいない。ただ私を見つめるピンク髪の瞳が、どうしてか困ってしまうほどに恐ろしかった。


 触れてはいけない、これ以上近づいてはいけないと、頭のどこかが警鐘を鳴らす。


 ピンク髪は華奢な身体に力の入らないイタチを抱えて、ゆっくりと立ち上がる。一旦は私から目を離したものの、血が染みる地面を映すうつろな瞳は管理者みんなを突き刺すようだった。


 その血にまみれた異様な雰囲気に、敵味方関係なく視線が集まる。ピンク髪は何も言わない。ときどきふらりと足をもつれさせるだけ。


「……」


 ピンク髪の仲間も、息をするのさえためらっている。


「…………」


 緊迫した時の中、不安定にたたずんでいたピンク髪の身体がビリリ、とかすみ始めた。恐らくこれがピンク髪の能力……。空間に関するものだろうか?


 そう考えている間にも、ピンク髪とイタチの身体は形をくずしていく。


 逃げられる。逃がしちゃだめだ。こんなむごいことをするオバケは。そんなの頭じゃ分かっている。でも、今のピンク髪に手を出したらどうなるかも分かっている。


 悔しい。


 きっとフェアも、ベアボウも、同じことを思うだろう。


 ほぼノイズのようになったピンク髪は、消えてしまう前にイタチのへたりとたおれた耳の間に顔をうずめ、小さく何かをつぶやいた。幸か不幸か、近くにいた私は聞き取ることができたのだ。



「殺してやる」



「……て、撤退! 俺たちのリーダーはいなくなった! ボコボコにされる前に逃げろー!」


 敵のオバケが一声そう言えば、クモの巣を散らしたように逃げ出す。何人かは地面を舐めさせてやったが、ほとんどは四方八方に走って行ってしまった。


「これは……どうなんだ? 勝ったのか? オレら」

「負けてはいないけど……。あのピンクの子は仕留められなかったからなぁ……」


 バッタのオバケを叩き潰したところに、フェアとベアボウがやって来る。


 私も、勝ったとは思っていない。負けたとも思っていない。ピンク髪のせいで、たくさんのオバケが致命傷を負った。治る治らないの問題じゃない。絶対に許さない。


 ……でも、管理者でこうやって話せているのは嬉しいかな。


「といいますか?! ポンカさん強すぎじゃあないですか?! 今まで書類整理ばっかりで本当にごめんなさい!」


 いきなり私に飛びついてくるフェア。


「オレもしょ~~じきお前のことなめてたが、なかなかやるじゃねぇか。見直してやってもいいぜ?」


 やっぱり、戦いの最中のように素直には褒めてくれないベアボウ。


「ねーー! そういうね、高圧的な態度は嫌われるぞ! ベアボウ!」

「あぁ? このオレが見直してやるつってんだから喜ばしいことだろ。なぁポンカさんよぉ」

「……ぴょ」

「ポンカさん?! ベアボウに気をつかわなくていいんだよ?!」


 クセが強いけど、大事で尊い仲間。私を救ってくれた大切なオバケたち。そんな二人の役に立てたのなら、私は幸せ者だ。


 生きてた頃は世話をかけてばかりだったから、なんとなく申し訳ない毎日だったけど、この三人の空間はとても居心地がいい。……傷つくこともたくさんあるとは思うけど。


「っいや、こんなことよりも! あの青年クンに話をきかねば!」

「ぴょ、ぴょ!」

「あーそういやそんな奴もいたな」

「ベアボウそーいうとこ!!」


 フェアがふと私から離れると、ふわりと軽やかに青年の元に急いだ。後に続いて私たちも向かう。


 管理者たちのビルの前でうずくまっていた青年は、ピンク髪が去ったのを見て周りの様子をうかがっていた。


「えーっと……。とりあえずもう安心だよ。悪い奴らはいなくなったから」

「…………」

「そう、だよね、こんなひどい光景見たら、言葉にも詰まるよね……」


 青年は浮かぶフェアを見てはいるが、何も喋らない。ここに来たばかりなのだろうか。死んで初めて見た光景が血の海なら、ショックすぎる。


「ジブンはフェア。ああいう悪い奴らをこらしめる仕事をしてる。仲間が後ろのベアボウとポンカさん。……もしできたら、名前教えてくれる?」


 青年は龍、というかドラゴンの被り物をしていた。間からのぞく瞳はきれいで、少しの怯えがとけている。


「ドラゴン」


 筋の通った声が、確かに聞こえた。


「ドラゴン、と呼んでください」


 青年は立ち上がり、深く礼をする。座ってるとそうでもないけど、いざ立ってみると私より全然背が高かった。


「そして、ありがとうございます。何も知らない僕を救ってくれて」


 ドラゴンの礼儀正しい態度が気に入ったのか、ベアボウはフフンと満足げに笑った。


「ハッ。なかなか立場をわきまえてる野郎じゃねぇか。いいぜ、オレの下僕にしてやる」

「……ああ、そういう」


 ドラゴンはベアボウがどういうやつかを一瞬で理解し、ぼそりとつぶやく。


「今なんつった?」

「何でもないです」

「オレをおちょくったらすぐ腹パンだからな」


 会って数分の仲だが、ドラゴンとベアボウはなかなかいい関係になりそうだ。


「はい、はい! ベアボウ口出し厳禁! うーんと、ドラゴンさんはこのビルの中で待っててもらってもいい? すぐに戻るから!」

「分かりました。傷ついた皆さんの手当て、ですよね」

「うん、そんなところだね」


 私とは違って状況判断が素晴らしく早いドラゴンはビルに入って行った。メンタルが心配だったけど、大丈夫そうだな、多分。


「よぉし! ジブンの魔法がここで活きるよ!」


 大声で気合を入れたフェアは、次々と倒れた仲間たちの傷をいやしていく。キラキラ光る魔法をかければ、意識を失っていたオバケもパッと目を覚まし、手足を斬られたオバケもみるみる再生していった。


 フェアは回復のスペシャリストなのだ。


 いろんなところから喜びの声が聞こえる中、ベアボウが何かを拾ったようなので寄ってみると。


「……これ、イタチのやつだよな」


 ベアボウの手に収められていたのは、イタチが使っていたまがまがしいナイフ。赤いさびをまとっている。


「ぴょに……」

「手元に置いておくのも怖いが、放っておいて悪さしても困るし、一応保管しておくか」


 ピンク髪の言葉が蘇る。


 殺してやる。


「……」


 ピンク髪はまたやって来る。きっとそのお気に入りであるイタチも。


 私にできることは、また来たるときに備えて鍛錬すること。


 それだけだ。

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