第64話 地獄絵図
目に飛び込んでくるのはただの地獄絵図で。
ビルで顔を合わせたオバケたちが、山ほど血につかっている。フェアとベアボウもふらふらしてる。でも、ピンクの髪の女の人と、その周りのオバケは惨状を見て笑っている。
「……」
呑気な声も出せなかった。
「ギャハハハハハ! お前見ろよ! 管理者がこのザマだぜ? 俺たち強すぎだろー!」
「ほんと。ガチで笑える。管理者は弱くないんだけど、いかんせん数が少なすぎたわね。こっちは数で圧勝してる」
「マジでせいせいするぜ! 自分たちも生き返りたいくせにきれいごとを言い続ける管理者さんよぉ! アーッハッハハハハ!!」
千差万別のオバケが血を舐めて笑っている。オバケを半殺しにして喜んでいる。傷つけられた側のことはどうでもいいんだ。きっと。
変な気分。経験したことのないことだから、何を思えばいいか分からない。カエルは変温動物だから体温は気温に依存するのに、目の前が熱くなる。
「ポンカ、さん……」
「!!」
綺麗な水色の胴体から血を流しながら、フェアがこちらを振り向いた。
「ジブンたちは大丈夫、です。すぐに回復できるから。……ここは危険だから、中にいてください、お願い、します」
「……」
「そうだ! お前はすっこんでろ!」
ベアボウも私に気づいて叫ぶ。
考えなくても分かること。私は役に立てない。この大勢のオバケをなぎ倒すなんて正気の沙汰ではない。
だけど、できる? この惨劇を見て、一人ビルの中にこもっていられる? そんなの、死ぬより辛いことじゃない?
今すぐ笑い転げるオバケの顔を蹴り飛ばしてやりたい。その真ん中にいるピンクの髪を踏みつぶしてやりたい。みんな、みんな、みんな、鮮血に沈めてやりたい。お前らがやったのと同じように。いやもっと残酷に。二度と立てなくなるまで。
お前らの罪を自覚させてやる。
「そこのカエルさんは? 管理者の仲間?」
ピンク髪がしたり顔で言う。うるさい。その口利けないようにしてやる。
「……私は管理者だ。二人は大切な仲間だし、恩人でもある」
「管理者? フェアとベアボウだけでしょう? 嘘はいらないの」
「嘘じゃない!」
戦ったことが無かろうが、外に出たことが数回しか無かろうが関係ない。私は認めてもらった。管理者になった。一人になるところを、救ってもらった。
少しずつ分かってきた気がする。腹立たしいような、悔しいような、悲しいような、この気持ち。
これは、殺意というのだろう。
「まあもし管理者だとしても、一人でわたしたちを倒すことは不可能。ここで負けを認めるなら、これ以上攻撃はしないけど」
女の目は私の横でうずくまる青年に移る。このオバケたちの目的は青年にあるんだ。攻撃から青年を守るために管理者やビルのオバケが戦って、こんなことに。
「嫌だ。お前らにだけは負けたくない。この人にも手を出させない」
「そう、か……。馬鹿がまた一匹増えたみたいだね、管理者さん」
「それ以上喋るな!!」
頭に血がのぼる。真昼間だろうが関係ない。短時間で片づければいい話。
「お前たち……」
馬鹿だと思う。ろくに歩いたことも無いのに敵を倒す? あり得ない。いつもの私なら絶対にかなわない。でもきっと、怒りにのまれた私はできると思った。
「死んでくれ」
カエルの脚力で宙に思いきりとんだ。上からだと、無限にいると見えたオバケも限りあることがよく分かる。
手始めに、さっき笑っていたネズミの腹を真上から蹴った。ネズミは地面にめり込み、吐血した。
「っ……! いってぇなこのカエルがぁああ!」
戯言を欠かさないネズミだ。もっと痛みを味わわないと。
「やめっ、おい!! 俺の話を聞いてんのかカエル! いてっ、うぉ、おい!!」
こいつは公開処刑。仲間全員に苦しみもがく姿を見てもらう。それぐらいが似合っているから。
しばらく乱暴に蹴っていると、野太い声も鳴りを潜めた。喚けば喚くほど処刑の時間が延びることを悟ったのか。
「……」
散々馬鹿にしてきたオバケは、嘘みたいに静かになった。みんな私を見てる。軽蔑しているのではなく、恐れている。お前らがやったことをそっくりそのまま返しているだけなのに。急に怖がるの。
馬鹿みたいだ。
「大丈夫なんですか? あのカエル」
ピンク髪に次々と耳打ちするオバケたち。違う。おかしくない。お前らが起こした戦いだ。罪はお前たちにある。
ネズミだけではだめだ。もっといっぱい倒さなきゃ。罪のないオバケを傷つけたお前たちを逃がすわけにはいかない。
猫。豚。インコ。人間。どんな姿かたちをしているオバケも、一蹴りすれば血を吐いて降参した。「やめて、これ以上蹴られたら死ぬ」と。みじめな姿を見るのは悪いものではなかった。
こんなもんか。これならみんな倒せる。ピンク髪にもすぐに届く。
そう思っていた矢先、他のオバケとは一線を画す雰囲気のオバケが現れた。白の腹に紫の背中と尻尾のイタチ。何より寂しげな瞳がかえって恐ろしかった。
「……お兄ちゃんは知らない?」
私の目を見ずにつぶやいた。
「ずっと待ってる……。お兄ちゃんもこっちに来ないかなって……」
敵意がないように話してはいるけど、私は見えている。イタチの手に小さなナイフが握られていることを。
「寂しいよぉ、寂しいよぉ」
今にも泣き出しそうだった。お兄ちゃんと死に別れたのかも。……しれないけど、そんなこと関係ない。
「寂しいよぉ、お兄ちゃん」
容赦なんて、もう忘れた。
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