第63話 旧友
またもポンカの頭に流れ込んでくる記憶。管理者との思い出。未だにシャイトの能力を、そして意図を読み取れないでいる。
今までの出来事を思い出させて何がしたいのか。ただただ、気持ち悪い感覚だけが残る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私はビルで色々なことを教えてもらった。ここは死後の世界であること、オバケが自由気ままに毎日を過ごしているということ、オバケごとに能力が備わっていること。
その他にもたくさん教えてもらったけど、習うより慣れよと言うからしばらくビルの周りを散策した。
少し歩けば行けそうな距離に観覧車がそびえていて、遠くには林が見える。家一つとっても膨大な種類があった。商店街っぽいところもにぎやかで、これこそ私が行けなかった場所だと確信した。
もっと見たい、オバケのみんなとお喋りしたい。好奇心が足を進ませた。
でも、小さな旅はそう長くは続かなかった。
死後の世界にも昼夜はある。陽に照らされて歩くうちに、身体が重くなってきた。皮膚がぴりぴりと灼けるように痛む。太陽がまぶしい。痛い。痛い。いたい。
まともに歩けなくなって、一旦建物のかげに避難した。何が起きているか分からなかった。私が生前太陽を浴びてこなかったから? でも前の私と今の私は違う。今は病気なんてしてない。
とにかく、もう外にいるのは危険だと考えて、建物のかげにそってビルに戻った。せっかく病気じゃなくなったのに、散歩すらできないのか。何で。みんなは楽しそうに暮らしているのに、私だけ許されないのか。
また、何もできないまま時間に飼いならされるのか。
「あー、それは。ポンカさんがアルビノガエルのオバケだからだと思いますよ」
ビルになんとかたどり着いて、受付にいるオバケに尋ねた。陽の光の下を長時間歩けないのはどうしてか、と。……あ、まだ喋る勇気はなかったから、ジェスチャーで。
トカゲのような、キラキラしているオバケ。フェアという名前らしい。
「アルビノはね、見た目はきれいだけど日光に弱いんです。きっとそのせいだと思うんですけど……。ポンカさん、アルビノガエルになりたいって死ぬ前思いました?」
「ぴ、ょに……」
まだ皮膚がぴりぴりする。確かに思った。私よりもずっと強いアルビノガエルになりたいと。でも知らなかった。アルビノが日光に弱いなんて。外で暮らしていたのだから、たくましいカエルなんだと思っていた。
「なるほど……。死後の世界は、自分のなりたいものになれる。ジブンは特に願いが無かったからランダムでトカゲもどきになったんですけど、犬になりたければ犬、熊になりたければ熊、また人間がいいなら人間の見た目になれます。ま、みんなオバケであることは変わりません」
私は願ったものになれた。だけど、自由には一歩届かなかった。
「ぴょに……」
「外に出ることが難しかったら、ジブンたちの書類やらの整理をしてくれたっていいんですよー? 管理者の一員として」
うつむく私に、フェアはいたずらっぽく笑う。そうそう、フェアはオバケの中でも戦闘能力が高い管理者という立ち位置らしい。この世界の平和維持に尽力していると聞いた。
「ぴょ、」
「ンー? 能力の強さは今はナシです! 部屋に一人じゃ寂しいですよね? 一緒にお喋りでもしながらあり余ってる仕事片づけましょう!」
「……ぴょに!」
フェアはきらりと微笑んで、手元のコーヒーを一口飲んだ。どうせ外で楽しめないなら、やることがあった方が充実する。管理者の仕事を手伝うのも、悪くないような気がした。
こうして、私は特別ではあるが管理者の仲間入りをした。フェアと話した後、鼓膜が破けそうなほど大きな声のベアボウとも顔を合わせて、渋々了承してもらえた。
「あぁん? この世界に来たばっかりのオバケが管理者ぁ? 頭おかしくなったのかぁ?」
「違う! ポンカさんは日光に弱くて外に出られないの! 一人でいるよりかはいいかなって思って、本人もそれがいいって言ってるの!」
「戦闘には参加しねぇって訳か」
「そう!! お手伝いを頼んだだけ!! オーケー?! ポンカさんは管理者だよ!!」
フェアの声に熱がこもっていて、なんだか嬉しくなる。両親や看護師さん以外で喋れる人ができて。いや、オバケか。
「……オレも頑固野郎じゃないし、人手不足解消にはいいんじゃねぇの? あんまり強くはなさそうだけどよ」
「よしきた! ポンカさん、管理者です! これで一緒に働けますよ!」
「ぴ、ぴょにに!」
ベアボウの横からの視線は鋭かったけど、これで私は誰かに迷惑をかけなくて済む。オバケの役に立てる。
「分からないことがあれば聞いてください! ジブンはフェア。このでかい熊さんはベアボウです!」
「……熊さんってなめてんのかお前」
「なめてない!!」
フェアもベアボウも悪いオバケではなさそう。二人のやり取りに、苦笑いに似た笑みがこぼれた。
それから私は、受付で毎日のように書類の処理に追われた。オバケの数が極端に減っていないか、大きな争いは起こっていないか。一人なら気を病みそうな作業だけど、フェアがいつも隣にいた。
「ジブンも喋り相手が欲しかったんですよー。他のビルのオバケは外に出てパトロールですし? ベアボウはこんなことやるはずもないし」
「ぴょに……」
「ですよねー、ジブン頑張ってるんです! 手伝ってくれて感謝しかないですよー!」
フェアの恐ろしいところは、言葉を発さずとも意思疎通がとれるところだ。普通に喋ってもいいのだが、この世界に来てずっとぴょにぴょに言っているせいで、これに慣れてしまった。
「おーおー、お前ら仕事はかどってんじゃねぇか! すげぇな!」
「ベアボウの仕事をポンカさんがやってくれてるのにその態度……」
「はぁ? オレも悪いオバケの奴らをぶちのめしに行ってるんだがぁ?」
ベアボウがビルに帰ってきたときは険悪なムードになりがちだけど、一人よりはずっとずっと愉快な日々だった。
……そう、あの時までは。
「管理者の実力はこの程度? ずいぶん落ちたものだね」
胸にたまる血のにおい。ビルの前にうずくまる一人の青年さん。それを狙うあまたのオバケ。その中心にいたのが、
ピンクの髪の女の人。
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