第62話 何も怖くなイ
アルビノのカエルから出会って数日後、安定していた体調は一気に悪化した。今まで薬で何とか抑えていた病気が、どっと私をむしばんだ。
いつもとは違う部屋に連れていかれた。光がたくさんあって、金属がたくさんあって、みんな私を見ている。心配してくれている様だったけど、その言葉を聞き取って意味を理解することすらおっくうになっていた。
お母さんが泣きそう。お父さんはずっと黙ってる。お医者さんもおでこに汗がたくさん出てる。
私がもっと元気な子に生まれたら。普通に生きていけたら。この人たちのこれからは変わったかも。
遊園地に行ってみたかったな。ジェットコースターに乗って、好きな人ができたら観覧車でおしゃべりしたかった。ああ、商店街もいいな。優しい八百屋のおじちゃんと顔見知りにでもなっちゃおうかな。
林にも遊びに行きたいな。熊とかトカゲとかが出たら怖いけど、逃がしたアルビノガエルとまた会えるかもしれない。眠っていたドラゴンが私を乗せて空を飛んでくれるってのも夢がある。
お父さんお母さん、迷惑かけてごめんなさい。でも生かしてくれてありがとう。
私はね、死んだ後の世界があるんだったら、あのカエルになりたいな。だってあの子は私よりも強いから。いろんなところに行けるんだよ。すごいことだよ。
死んだら、……。もっと強くなりたいな。みんなが私の心配なんてしなくてもいいくらい、に……。
……死後の世界なんて、あるわけない、けど……。
「……ぶ? ねぇ、い……る?」
人の声? 誰だろう、親の声でもないし。看護師さん?
「大丈夫? 意識ある?」
「!!」
気づいたら、私は知らない街の中で横たわっていた。それも巨大なビルの目の前。私を心配した人……ではなく、耳が垂れた犬のような生き物(失礼だけど)が話しかけていたのだ。
私を襲う気はなさそう。だけど、人の言葉を話す犬なんて不気味でしょうがない。どうしよう、逃げたほうがいい?
「気を失っていたみたいよ。体調は平気?」
「……」
体調も何も、私さっきまで病院で……。
?!!?
ふと自分の手を見ると、指が四本しかなかった。加えて吸盤と水かき付き。
まさかと思って足も見てみると、指は五本だったが、やはり吸盤と水かきがある。白い腕を触るとひんやりと冷たい。腕だけでなく、全体が真っ白だった。
これはまごうことなきアルビノガエルである。
……状況が呑み込めない。私は死んだはず。確かに死ぬ前にアルビノガエルになりたいとは思ったけど、そもそもここはどこ?!
「ああ、もしかしてあなた、この世界に来たばかり? それなら混乱するのも無理ないわね。わたしから説明するのもなんだから、このビルのオバケさんにいろいろ教えてもらうといいわ」
犬さんは事情を察したのか、目の前のビルを指して微笑んだ。オバケさん……? 怖い人なのかな……?
「それにしてもあなた喋らないわね。人見知りなのかしら?」
「っ!!」
図星。まだここがどこのどの街なのか分からないから、話すのを慎んでいた。私も犬が喋ってびっくりしたのだから、カエルが
でも愛想がない人……いや、カエルとは思われたくない。よし、カエルっぽく話そう。可愛らしい、あのカエルのように。
「ぴ……ぴょに!」
場が凍りついた。何? ケロケロの方がよかったかな……。ゲコゲコ? それはちょっと抵抗があって……。
と、一人で慌てふためいていると、犬さんはアッハッハと声をあげて笑った。
「あなた、なかなか可愛い声してるじゃないの! そうやって鳴くカエルもいるのかもねぇ」
「……ぴょ、……」
「声が聞けて安心したよ! さあ、ビルに行っておいで!」
にっこにこの笑顔で背中を押してくれた。もう恥ずかしくて恥ずかしくて燃えて蒸発しそうだったけど、一応お辞儀はしてビルに急いだ。まあでも、笑ってくれただけ優しい犬さんだったかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〔あなたはこうしてこの世界に来たンだね。病気で死んでシまうなんテ、本当に辛いト思う。シャイトは一瞬で意識ガ飛んだから〕
ポンカは虚空を見つめて、嫌なくらいに響くシャイトの声を聞く。シャイトは無防備な状態なのに、記憶と声に引きずられて動けないのがもどかしい。これも「
「ぴょに……」
〔あなたノ人間としての人生の行き先。それは、無惨にモ死によって断ち切られた。だかラ、シャイトは見せたイ。あなたのこれかラの行き先を……〕
ゴロロロロ……。
シャイトの声にノイズが混じる。壊れたテレビのような、不安げな音。
たくさんの色が混ざった不思議な空間の色が、一気に真っ黒に染まる。シャイトの瞳が薄明るく光る。
〔大丈夫、安心して……。シャイトはただ、あなたの行き先を見せテあげるだケ……。何も怖くなイ、よ……〕
そんなわけがない。ポンカは身構える。
何かが、起こる。
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