第61話 ディスティネーション

行き先ディスティネーション


 物と物がこすれたようなノイズと共に、シャイトが言い放った。


「シャイトの能力。あなたのこれまでとこれからの行き先を、特別に見せル能力。行き先を見るコとで傷は負わナい。だから、安心、シテ……」


 ポンカが安心するには、あまりにも頼りない声だった。行き先ディスティネーションがそんな生半可な能力ではないことを、シャイト自身が一番よく知っている。相手に悪影響がなければ、この場で使う意味などないのだから。


「ぴょにぃ!」

「大丈夫、恐れなくてモ。身体が傷つかないのハ本当ダから。シャイトも馬鹿ジゃないから、純粋な戦闘能力であなたに勝とうトは思ってないよ」

「……」


 ポンカはひと時も油断はしないので、空間を蹴ってぴょこぴょこ動き回っているが、シャイトの言う通り、何か攻撃がなされる気配はない。たくさんの色が不規則に動き回っているだけだ。


「シャイトは他の四天王ミたいに、素早く動クこともできないし、戦うのは嫌。……シャイトはただ行き先を見せてあげているだケ。そう、何も、悪いコト、なんて、してなイ……」


 どんどん声が小さくなって、最後の方は耳をすましても聞こえないほどになった。そしてあろうことか、シャイトはポンカに背中を向けた。


「ぴょに!」

「……お願い、許しテ。シャイトはただ生きたかったダケ。それだけ……。それだけだから……!」


 背中に蹴りを入れてやろうと駆け寄ったポンカだが、ふと立ち止まる。空間にはポンカをさえぎるものなど何もない。ポンカの頭の中に直接、シャイトの声が響く。



〔あなたの行き先を、見せてあげるヨ〕



「ぴょに……?」


 ポンカは動けなかった。脳内に語り掛けてくる感覚が気持ち悪くて仕方がない。さらに、考えてもいないのに過去の記憶が映像として流れてくる。今までに味わったことのない違和感に、顔をしかめるほかなかった。



〔あなたはシャイトよりも早く死んじゃっタんだね。十二歳かな? まだまだ生き足りないヨね〕



 長い間このオバケの世界で生き続けていて、忘れかけていた記憶を強制的に引っ張り出されている。不快。



〔それじゃア……今までの軌跡を振り返って……これからの行き先をどうか……見届けテ……!〕




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私は生まれつき、体が弱かった。


 物心ついたときからずっと、病院のベッドで寝転んでいたように思う。看護師さんは優しかったし、両親もそばにいてくれたから寂しくはなかったけど、退屈ではないと言ったら、嘘になる。


 薬を飲んで、検査して、また薬を飲んで、その繰り返し。学校もまともに行けていなかったから、友達がやってくることもなかった。


 急にくらくらしたり、だるくなったり、お腹が痛くなるのもしょっちゅうだったけど、薬を飲めばよくなると言われたから、耐え続けた。


「きっとよくなるよ」

「もう少しの辛抱だから」

「これでよくなれば外で遊べるようになるよ」


 そんなことばかり言われた。外に出られる日は、なかなか来なかった。ずっと屋内にいる私にとっては、太陽はまぶしすぎた。カーテンでさえぎられているくらいがちょうどいい。


 十二歳にもなった私は、この人生の行く先がいいものでないことくらい、察していた。


 そんな時、お父さんが小さな飼育ケースを片手に私のベッドに来た。


「体調どうだ? 具合悪くないか?」

「今は大丈夫だよ。というか、なんだそれ」


 飼育ケースの中には湿った土と外からむしってきたような雑草がいくつか。そして、白い生き物が一匹。


「……カエルなの?」

「そうらしい。ちょっと外散歩してたら、白いのがぴょんぴょん跳ねてるもんだからびっくりして。ここらに水辺は見当たらないから、干からびると困ると思って連れてきた」

「こんなカエルいるんだねぇ」


 どこかまぬけな声が出てしまった。私はあまり人と関わりがないからか、看護師さんからはよく「ほわほわしている」と言われる。


 それにしても、緑色以外のカエルなんているのか。絵本に出てくるような、真っ白なカエル。瞳はほんのり赤かった。


「かわいいねぇ」

「だろ? お前はあんまり外に出られないだろうから、見せてやるのもいいと思ったんだ。白いのはアルビノって言うらしいぞ」

「ご丁寧にお気遣いありがとうございますね」


 あるびの。不思議な響き。物珍しいからだろう、私の目にはとても可愛らしくて特別なカエルに映った。


「……しばらく眺めてたらどうだ。パパはお医者さんと話をしなきゃいけないから」

「そうする。ちょうど暇してたとこだし」


 ちょうどではなく、いつも暇ではあるのだが。


 お父さんは私の頭を撫でてベッドの横の棚に飼育ケースを置き、病室を後にした。


「あるびの、アルビノ。君はかわいいねぇ」


 自分がケースの中にいる状況が理解できないのか、ぽてぽてと動き回るカエルを、私は日光のあたたかさで眠くなるまでずっと見つめていた。


 どこからこのカエルは来たのだろう。どうやってここにたどり着いたのだろう。そう考えてみると、もしかしたらカエルは私よりもずっと丈夫でたくましいんじゃないかと思えてきた。


 それくらい健康な体に、私はなりたいと願ったのだった。

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