第60話 行き先

 フェアとクロテルが激闘を繰り広げるところとはまたまた違う亜空間。


 カオス。


 この空間を一言で言うなら、この言葉に落ち着くだろう。天地など無い。方向も知ったものではない。絵の具をぶちまけてぐちゃぐちゃに混ぜたような景色が延々と続くのみである。


 この気が狂う空間で出会ったのは、ロボットの四天王シャイトと、管理者の長ポンカ。二人とも虹色の中にぷかぷかと浮かぶ格好になっている。


「あmx3j3おb3hvgvsんj……」

「ぴょにぃ?」

「ごメんなさいネ。管理者ノ中でも実力者であルアナタと戦う前に、準備ヲしておかないといけなくテ」


 キンと耳に障るものや、コロコロと何かが転がるようなものが混ざった音を発するシャイト。どうやら起動音のようなものらしい。


「あァ、まずは自己紹介さセて。コレはシャイト。シャイトは『行き先』を探していル。これからも、そシてこれからも」


 ポンカとさほど変わらない小柄なシャイトは、礼儀正しくぺこりとお辞儀をする。四天王の中でも一番冷静で、話が通じるのはコレかもしれない。


「ぴょに……」

「そんナことを言っても、しょうガないネ。でもシャイトは怖い。自分の行きつくサきガ、一体どコなのか。そもそも行きつく先なンてなくて、永遠と生きることを求メ続けるのか。終わりが見えなイのは、怖いね」


 本心らしきことを機械音で話すシャイト。終わりが見えない。それは、どのオバケにとっても当てはまることである。人間をこの世界に引きずり込んで、命を食らわない限り、変わらない場所に居続けるのだから。


「ぴょ」


 ポンカは小さくうなずく。シャイトの話に、一人のオバケとして共感する。


「……シャイトの話、聞いてクれてありがとう。アナタは優しいオバケだネ」

「ぴょに。ぴょにに」

「…………これだケで、ココロがあたたかくなるよ」


 コロロン。


 今度はくぐもった音が響き渡る。変わらないはずのシャイトの表情が、ほんの少しだけ、和らいだような、寂しいようなものになった。


「さっきモ言ったケド、シャイトは生きたい。また人間として、生きてみたい。シャイトは交通事故で死んダ。……」


 ポンカの目がぱちりと開かれる。


「それからこの世界ニ来て、考えてる。シャイトをいた車はドコに向かったのか。もし生きていたらどこに向かっテいタのか。そして、終わりのない世界で、シャイトはどこに向かっているノか」


 楕円形の目の光が一瞬消え、またついた。まばたきをしたとでも捉えておこう。


「シャイトには、今の行き先が分からなくなっタ。まだ、生き足りなかった」

「ぴょにぃ」

「……だからネ、シャイトは戦う。味方してくれれバ、命をくれると言ってくれたオバケがいたから。たとエそれが嘘っぱちだったとしてモ、一粒の希望を捨てたく、ナイ」


 ゴロロロ。


 濁った音がする。シャイトに手を差し伸べたオバケ。「ニセコナミ」と呼ばれた存在。彼女のために、否、生き返るために、戦う合図だ。


「ぴょに!」

「ごめんね、シャイトの諦めがわルりばっかりに。出来る事なら、優しイアナタと笑っていたかっタ」


 甘い考えを振り払うように首を一回転させたシャイトは、目の光を点滅させる。完全に戦闘態勢に入った。


「ぴょに! ぴょーにっ!」


 のぞむところだと、ポンカも宙を泳いで準備運動をする。地に足をつけることができなくとも、ポンカの動きは俊敏で狙いづらい。


「コレはシャイト。シャイトは『行き先』を探している。だけどそれハなかなか見つからなイ。ダカラシャイトは生き返って、行くはずだった人生を歩みたい」


 シャイトは何度も繰り返す。


 ごめんネ


 と。

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