第59話 大事で特別

 雪が降りしきる曇天の中、二人は星空に包まれた。


 フェアの炎と花火玉が融合し、一気に弾ける。


「……こんな魔法見たこと無いわ。アタシの能力は綺麗なものじゃないから」


 きらきらと舞う色とりどりの光は、いつまでも、どこまでも広がっていく。それはさながら、夜空を泳ぐ星々のようだ。


 フェアの深い傷はもちろん、クロテルのすさんだ心すらも癒す。……そう思えるほどに、綺麗で、感動的な光。


「そう、だろうね……。この魔法は、を、ポンカ様に鍛えてもらって実戦で使えるようにした、大事で特別なものだから……。誰にも負けない、最強の回復魔法、だよ」


 とぎれとぎれに息を吸いながら言うフェア。表情には、いつもの自信と光が戻ってきているように見える。


「この魔法で、いろんなオバケを助けてきたし、ジブンのピンチも乗り越えてきた……。みんなの感謝と、ポンカ様の努力と、そしてジブン自身が詰まってる。だから……」


 花火の光を胸に、ふわりと宙に浮く。フェアの身体には傷一つなかった。


 瞳のずっと奥の花火が、クロテルを映し輝く。


「ポンカ様を侮辱するあなたに、ジブンが負けるわけないんだよ!」


 回転しながらさらに上昇し、不敵に微笑むフェア。


「さっきはやられっぱなしでごめんなさい。完全にあなたのペースに持ち込まれてた。でも大丈夫! これ以上退屈にはしないから!」

「それなら嬉しいわ。でも大丈夫? あなたにはタイムリミットがあるのに」


 クロテルはまた隠し持っていたクローバーを取り出すと、もう一枚の葉が無情にも散っていった。


「これであと二枚。残り三十分ね」

「ノープロブレム! オールオッケー!! 問題なしだよ!」


 ……言ってしまうと、これは虚勢だ。フェアの中で、クロテルの倒し方が固まっていない。そもそも時間が来たら何が起こるかも不明。分からないことだらけである。三十分で倒せるかと言われたら怪しすぎるため、まずは時間制限をどうにかしなければいけない。


 クローバーの葉が全部落ちてしまったら、負ける。逆を言えば、落ちなければいいのだ。落ちないようにするには……?


「そう? 随分自信があるようだけど」

「そうだよ。できないって思いこんでたら、できることもできなくなっちゃう。しかも、ジブンにはみんながついてる。絶対、ぜーったい負けないよ!」

「……みんな、ね」


 唸るように吐き捨てる。クロテルにとって、フェアの言動が不安定な状態なのはお見通しだった。自分を倒せると本気で思っているとは考えられない。先ほどまであれほど劣勢だったのだから。


 しかし、警戒を怠ってはいけない。、痛いほど学んだことだ。


「それじゃあ、そのみんなとやらの力、見せてもらっても?」

「言われなくても、見せてあげるよ!」


 二つ返事で、輝きを増した炎が飛ぶ。クロテルは火傷を負うのを嫌い、素早い身のこなしで避け続ける。


「あなた、炎を吐くことしか出来ないの? それならさっきと同じじゃない! アタシが胴体切断するわ!」

「……今はまだ、かもね」


 自分にそう語り掛けるフェアは、矢継ぎ早にクロテルを狙って炎を吐く。雪がとけて水浸しになった草原は、すぐに炎を枯れさせる。


「さっきの花火で力を消耗してるから、まだ大技は打てないけど……。あともう少し耐えれば、十分な力がたまるはず」

「あなた声が小さいのよ、何か言った?」

「なっ、何も言ってないよ!」


 聞かれたらまずかったと、フェアは胸をなでおろす。


 一つ。一つだけ、希望がある。フェアがたどり着いた一つの答え。が成功すれば、クロテルは倒せなくとも、タイムリミットはなくせるかもしれない。


 不確定ではあるが、の実現を目指して時間を耐えしのぐ。今フェアができるのは、これっきりである。


「もしかしてあなた、本気でアタシに勝てると思ってる?」

「え、うん、負けないって言ったよ!」

「…………」


 炎にかすりすらしなくなったクロテルは、思わず動きを止めて腹を抱えた。


「キャッハハハ! ばっかみたい、本当に思ってるの? さすがに無理して言ってるのかと思ってたわ! 馬鹿ね、ほんとに面白い。キャハハ!!」

「動きが止まってるぞ! ジブンのことなめないで!」


 その一瞬をも惜しんで、炎でクロテルを焦がし続ける。ちょっとした油断から、あっという間に相手に持っていかれるのを、知っているから。


 それでも、クロテルに隙など、無かった。


「……なめてなんかないわ。これからの戦いのために、ちょっと休憩しただけよ」


 確かに炎に触れたはずのクロテルは、その場に平然と立っている。


「そう、なんだ」


 一筋縄ではいけないのは、とっくのとうに承知済みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る