第58話 炎に乗せて

 芸術家さつじんきは、炎の中から現れた。


 クロテルを焼いたと油断していたフェアに、鋭い斬撃が襲いかかる。


「キャハハッ! だめじゃないアタシをなめたら!」


 突然のことにフェアはうまく対処できず、きらびやかなベールが、澄んだ水色の胴体が、次々と裂かれていく。噴き出した血が雪を紅く染める。


「っ……」

「まだ耐えられるでしょう? だってあなたはなんだから」


 返り血を浴びながら嫌味ったらしくほくそ笑むクロテル。しかし、フェアはその言葉を聞いている余裕などなかった。


 ずっと、ずっと切りつけられ、血が流れ、絶望的な痛みが全身を駆け巡る。回復は可能だとはいえ、痛みを感じないわけではない。


「これだけ傷つけられたら回復したくもなるでしょう? アタシが満足したら回復させてあげてもいいわ。時間は過ぎていく一方だけど」

「……ハァ、……、ハァ…………」

「キャハハ! 痛くて言葉もでなくなったの? でも最高よ、その顔!」


 息をするのに精いっぱいで、目の焦点が合わなくなってきたフェア。雪上にへたり込み、攻撃をもろに受けたせいで尻尾の先が斬られ、出血は止まることを知らない。


 フェアが完全に抵抗をやめても、クロテルは言葉通り彼女を刻み続ける。身体には深い切り傷がいくつもつき、いつ切断されてもおかしくない状況だ。


「少しは防御したらどう? このままじゃ時間が来る前に戦えなくなるけど?」

「……」


 できるわけがない。そう言うことすら、できなかった。目で追えないほどのスピードで身体に叩き込まれる猛攻に、意識すら朦朧としていく。


 戦う気力すら、なくなっていくようで。


「……」


 虫の息。それ以外に言いようがないほど、フェアは追い込まれていた。回復をするにしても、攻撃が早すぎて暇がない。避けようとしても、磁石のようにキリが自分に吸い寄せられる。


 何も考えられなかった。


「……面白くないわ。死体をいじめてるみたい」


 置物のようになったフェアを見て、クロテルはようやく攻撃の手を止めた。


「アタシは痛めつけられてる表情が見たいの。あなたの血はなかなかに綺麗だったけど……。『アイツ』ほどじゃなかったし。ほら、時間をあげるから回復しなさい? また命ごいをする顔を見たいから」


 腕に付いた血をなめとって、横たわるフェアを見下すクロテル。


「もう動けないの? それじゃあアタシの勝ちってことになるけど、いいの?」


 もう動けるはずがない。身体がバラバラになる寸前だ。


「質問には答えなさい。どうなの? アタシはまだまだあなたの顔を見足りないから、回復してもらいたいんだけど」


 答えられるはずがない。口を動かすこともできないのだから。


「それでもあなた管理者なの? ちょっと斬っただけでこの有様。得意な回復も活かせてないじゃない。これなら、ポンカも大したことないんじゃないの?」

「……!」


『この有様。活かせてない』


 これらはフェアも分かりすぎている事だった。自分は未熟で、クロテルと互角に戦えていない。


 でも。


『ポンカ。大したことない』


「……こと、……い」


 雪に震えるフェアから、吐息がもれる。そこには、静かながらも、確かな怒りが込められていた。


「何か言った? もう少し大きな声で言ってくれない?」

「……そん、な。こと、ない」

「……へぇ」


 怒りに突き動かされて、小さな足をわずかに動かし、フェアは唱える。


「はな、び。さ、咲いて」


それと同時に、フェアの前に小さな光の玉が現れ、みるみるうちに大きくなっていく。


やがてそれは、大きな花火玉となった。そう、ライ林でサザナミがナオに首を斬られかけた時に使用したものである。


「花、火、きれいに、……咲いて……!」


空高く上がった花火玉に、ボロボロの身から限界まで絞り出した一筋の炎を吐く。


「『あの時』みたいに、きれいに……!」


その一念は、炎と共に、


天に通じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る