第57話 この世で一番好きなもの
「四十五分……?」
ようやく尻尾を出し始めたクロテルから、フェアは距離を置く。
「そう。アタシとあなたがおしゃべりできるのは、あと四十五分しかないの」
怪しげで自信に満ちているクロテルはそう言うと、胸元から真っ黒なクローバーを取り出した。
「これ、アタシの能力ね? さすがに可哀想だから教えてあげるわ。この四つ葉、十五分経つごとに葉が一枚ずつとれて行くんだけど……。四枚、つまり六十分経ったら、あなたはもうおしまいよ。アタシの勝ち」
「六十分経つだけで?」
「そうよ。どうなるかはお楽しみだけど」
小さな歯をギリリと食いしばるフェア。やはりフェアの憶測は当たっていた。クロテルが執拗に話を持ち掛けてきたのは、六十分経過するまでの時間稼ぎをするためだったのだ。
フェアにはタイムリミットが設けられた。
あと四十五分で、クロテルとの勝負をつけなければならない。
「なるほどね。じゃあ呑気に喋ってる時間はないんだね」
「悲しいけど、そういうことね。もう一枚目が落ちたし。おしゃべりが続かなくて残念」
大層退屈そうな声で言うクロテル。血の色をした瞳が戦闘態勢を整えるフェアを映した。
その時。
「……?!」
何か鋭いものが、フェアの無防備な喉元を突き刺そうとした。
「あーあ。避けられるのね。すぐには勝たせてもらえないの」
フェアはそれをくるりと宙を回転して避け、さらにクロテルとの距離を伸ばして息をしずめた。
クロテルの手にあるのは、シロツメクサの茎で作られた鋭利なキリ。一見すると魔法の杖のようだが、殺傷能力は非常に高い。
クロテルは一瞬のうちにフェアに接近し、喉笛を掻ききろうとしたのだ。
「……速いね。直前まで気づかなかった」
「アタシもたくさんのオバケと戦ってきたから。それ相応の実力は付くって事じゃない? アタシの能力は時間が必要だし、そればかりに頼ってばかりじゃじれったいわ」
そう話す間にも、積雪なんてもろともせずに長距離を詰めて来るクロテル。雪を巻き上げてジャンプし、今度は上から頭ごとカチ割るようだ。
「ジブンも管理者として、負けてられないよ!」
フェアは攻撃を見切って、クロテルが着地するタイミングでまぶしすぎる炎を最大出力で放つ。辺りの雪がみるみる水になり、しなしなとした草原があらわになる。
「嫌ッ、熱いじゃない! アタシ痛いのは嫌いなの!」
自分自身の実力は確かなはずだが、
「あなたがジブンを刺そうとしてくるんだったら、こっちだってジブンの出来る抵抗をするだけだよ!」
炎から逃げ惑うクロテルに休む隙を与えず、猛攻を仕掛けるフェア。迷っている時間など無い。出来るだけ早く、決着を。
「アタシは痛いのが大っ嫌い。だけど、他人……今はオバケね。そいつらの歪む顔が、上げる血しぶきが、この世で一番好きなの」
炎で焦げた深紅の着物。すすまみれの脚や髪。何分か経つ間にうす汚れてしまったクロテルだが、どこか恍惚とした表情で続ける。
「ねぇ、あなたは上げられる? 今までアタシが前世で殺した人間や、瀕死に追い込んだオバケの誰よりも綺麗な血しぶきを」
「ジブンは話に付き合う気は」
「質問には答えなさい? ……どうしても答える気がないなら、実際に試してみるのもいいかもしれないわね?」
クロテルは笑う。静かに、ずっと奥に狂気を秘めて。
「そうね、そうしましょう。一気に刻んじゃえばいいわ」
フェアは耳を貸さず、クロテルの言葉ごと炎に包み込んだ。
……はずだった。
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