第56話 タイムリミット

 ベアボウとラエル2がいる所とは別の亜空間。雪の降る平原に単独で飛ばされたフェアは、四つ葉のイヤリングがきれいな四天王である鬼のオバケ、クロテルとにらみ合っていた。


「ねぇねぇ、どうしてアタシとおしゃべりする気にならないの? 攻撃しないからいいじゃない」

「……逆にきくんだけど、どうしてそこまでジブンと話したいの? あなたほどの実力なら、さっさと攻撃した方が早くかたが付くと思うんだけど」


 フェアは相も変わらずおしゃべりをしたがるクロテルに、不信感を抱き続けていた。直接やり合わなくとも分かる、その実力。四天王最強格である。管理者の中でも回復を得意とするフェアくらいならば、戦闘不能にするのはクロテルにとって容易いことではないのか。


「何か能力が使われていたり……」


 そうつぶやいたフェアは、自分の周りとクロテルの様子を注意深く確認する。既に能力を使われているのなら、すぐに気付いて対処しなければいけない。


 しかし、いくら探してもそれらしきものは見つからない。


「んー、そうねぇ。何故アタシがあなたと話がしたいのか。……いいじゃない。教えてあげる」


 緊張を高めるフェアを気に留めず、妖美な笑みを浮かべるクロテル。奇襲に警戒しながらも、フェアは敵から出る言葉には耳を傾ける。


「それはね、同じにおいがしたからよ。アタシとあなたで」

「……どういうこと? 初めて会ったばかりでしょ?」

「えぇ、そう。でもアタシは確信してる」


 大胆に出したクロテルの生脚が風に舞う雪にさらされる。


「ねぇあなた、死ぬ前に『愛されたい』って思わなかった? いや、思ったでしょう?」


 唐突に始まった話に、フェアは星空のような目をぱちくりさせる。クロテルの目的は何か。自分から何を聞き出そうとしているのか。そして能力は使われているのか。そんなことで頭がいっぱいで、予想外の話の展開に追いつかなかったのだ。


「愛されたいって……」

「この感情自体は生きている人間ほとんどが抱く感情かもしれないけれど、アタシがきいているのは、『もう一度やり直せるなら、今度は愛してもらえる人間になる』って思ったかってこと」


 クロテルはフェアの返答を待ち望んでいるが、当の本人は余計に混乱して口ごもってしまった。


「どういうこと? 何が言いたいのか分からない。あなたはジブンの何を知りたいの?」

「ごめんなさいね。言葉が悪かったわ。もっと簡単に言うと、『来世では愛されたい』と思って死んだかききたいの」


 そこでフェアは水色の長い尻尾をキュッと丸めた。意識したものではない。反射的に、だ。


 顔には感情を出さないようにしていたフェアだが、クロテルにはお見通し。口元に手を当てて笑われた。


「うふふ、やっぱりそうでしょう? アタシもそうなの。だから、同じ願いを持つオバケ同士なら話も弾むかと思って」

「それでジブンと話したい、と」


 なるほど、と一応納得しておくフェア。しかし、何度も言うように、二人は敵同士。クロテルの真の目的が分からない以上、うかつに自分のことを話すわけにはいかない。


「でも、ここはあのピンクの髪の子がつくった空間だし、今話す必要はないんじゃないかな」

「……。亜空間だからこそよ? 管理者と会うことなんて滅多にないんだから」


 フェアが探りを入れても、クロテルは「共通の願いを持つオバケと話したい」の一点張り。さすがにフェアも勘づく。


「あのー、もし間違っていたら申し訳ないんだけど、ジブンからも質問していい?」


 深呼吸をする。フェアは回復に特化した管理者だ。他の管理者に比べるとどうしても戦力では劣る。ビルに押し寄せてきた有象無象のオバケたちはともかく、四天王と戦えば、コテンパンにされる可能性も大いにあり得る。


「アタシが先に質問したんだもの、構わないわよ」

「どうも」


 いつも輝きが絶えないフェアの瞳が、少しだけ陰りを見せた。


「もしかして、時間稼ぎしてる?」


 風が吹く。雪が舞う。ゆっくりと流れる時間の中、クロテルは笑みをくずさない。


 どこから攻撃が飛んでくるか予測できない、危険すぎる状況の中、フェアはクロテルから目をそらさない。


「……あと四十五分、ね」


 真っ白な雪の上に、四つ葉のうちの一枚がはらはらと舞い落ちた。

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