第51話 面白く

「んでー、オレらはどうすればいいんだぁ? 烏人間ぶちのめせばいいのかぁ?」

「あのピンク小娘もいないし、それが最善策では」


 一つ目の亜空間に飛ばされたベアボウとラエル2。脱出うんぬんの話は置いておいて、ひとまずは目先の敵、ハナタを倒すことだけに集中する。


「慢心するのはお勧めしませんよ。一度負かした相手とはいえ、僕はもう覚えましたからね、あなたたちの戦い方を」


 湿度の高い声で歌うように言ったハナタは、音もたてずに月夜へ飛び立った。


「ハッ。お前もだろーが烏人間! あれだろ、どうせ刀を振り回すことくらいしか出来ねーんだろ? オレとラエル2がいれば十分! 対処可能ってワケだ!」


 ベアボウが自信満々に胸を張る間にも、ハナタの顔は呆れの色に染まっていく。それに気づいたラエル2はちょこちょこと隣を見るも、あのベアボウが気づくわけもなく。


「……さすがに管理者たちに戦いを挑むのは無謀なことだと思っていましたが……」


 ハナタが空の一点でとどまったところで、ベアボウとラエル2も固く口を結ぶ。


「案外、怯える必要はなさそうですね」

「あぁ?! もう一回言ってみろ烏人g」


 ベアボウの言葉は気に留めず、一周まわってみやびにすら見えてくる笑みで、ばさりと羽ばたくハナタ。


 そう、羽ばたいただけなのだ。それなのに。


 襲ってくるのは立っていられないほどの暴風。足元の白い小石は重力に逆らい暴れ、わずかながら生えていた雑草は文字通り根こそぎ取られ、遥かかなたへ飛んで行った。


「……台風でも来たんじゃねぇのこれ」

「うおあっぁぁ?! 風強すぎてオレの翅がお亡くなりになっちまうぜぇ?!」


 二人は体が持っていかれないようにその場でうずくまる。そうすることしか、できない。


「あら、おかしいですね。まだ何も攻撃していないのですが……。まさかでくたばりはぁしませんよね?」

「……舐めやがってムカつく」


 ハナタは何度も何度も羽ばたいて、二人の動く隙を与えない。小石がすっかりなくなってしまっても、橋にひびが入っても、ずっと。


 やがて二人は四つん這いになり、同じ場所にとどまることさえ難しくなってきた。力をいれればどうにかなる話ではない。風が強すぎるのだ。


「どうすれってんだよこの状況でよぉ! こんなん動けるわけねぇだろ!」

「『操作マニピュレイト』は僕の指フレーム内に敵を収めないと使えない……。こんな暴風じゃあ……」


 そんな二人を空から眺めるハナタは、少し高揚しているようにも見えた。


「ふふっ……あはっ、あははっ、無様ですねぇ、自らを恐ろしく強いと思っている人たちがなすすべなくねじ伏せられるのは。本っ当に無様だ」


 風を切って急降下と急上昇を繰り返すハナタ。もはやこれは戦いというよりは、理不尽なもてあそびだ。


「うるせぇな烏人間。調子に乗るなよ」

「そうだぞお前ェ! もうちょっとしたらオレがみぞおちゲッチョンゲッチョンにしてやるからな! 今は準備時間だってんだ!」

「そうですか。威勢だけはいいですね」


 嘲笑うかのようにまたハナタが羽ばたけば暴風が二人を襲い、ベアボウがいろいろ叫び、また暴風がやってくる。この繰り返し。


 二人が歯を食いしばるたびにハナタは笑う。どんどんその声は大きくなっていく。


「あっはは! 面白いですね、お二人とも。反撃しようだとか思わないんですか? いや、できないんですかねぇ? どちらにしろ気分はいいです。とてもとても」


 挑発するハナタにベアボウは河原を殴って叫ぶ。そして、横の管理者ではないくせに管理者と同等の強さの男を見る。


「できねぇわけねぇだろぉ! オレたちにはとっておきの秘策があんだよ! な! ラエル、2……??」

「……。んまぁ、危険だけど、ね」


 ベアボウが横を向いたときに、ラエル2がズボンのポケットから取り出していたのは、


「薬……? 薬なのかそれは?!」

「あー、一応、クスリ」


 小さくて白くて丸いもの。まごうことなきクスリである。


「お前、風邪ひいてたのに戦ってたのか……馬鹿じゃねぇかよ!!」

「え? 風邪ひいてないし……え? クスリ……あ、薬……ん? ああ普通はそうか、あ、何か申し訳ない」

「オレに謝るなラエル2!! お前はいい奴だぜ、風邪のくせして頑張ってくれてたんだな! 尊敬するぜ!」

「え、気まず……どうしよこれ……話通じるわけないしこの脳筋熊野郎に。てか流れで分かるだろ戦う用だって……」


 風邪をひいていながらここまで来てくれた(とベアボウは思っている)ラエル2を、ベアボウはにっこにこのスマイルでたたえる。一方ラエル2の顔は引きつるばかり。


「そんで! お前はどんな作戦だ! 無理すんなよ!!」

「ええええーと」


 ラエル2の目があっちこっちに向く。


「これも僕のちょっとした能力みたいな感じなんだけどー……。お手製のクスリを飲めば、しばらく自分の身体能力が素晴らしく上がる。だからそれでこの状況を打破しようってこと」


 その後すぐにまた、「危険なんだけどね」と付け足すラエル2。今この間にも暴風は止まず、河原に這いつくばっているベアボウ。


「お前の勇気があるならやっちまえよ! それで勝ちが見えてくんなら万々歳だ!」

「……おけ」


 二人は互いに頷き、賭けに出ることにした。


「クスリですか。何やら嫌な予感がしますね」


 ラエル2は小さく口を開き、水もない中玉薬をごくりと飲み込む。


「……うん……。この瞬間が最高」


 ベアボウよろしく這いつくばっていたラエル2だが、ゆっくりと上半身を起こした。


「おお! ラエル2! いいぞまずはしっかり立て!」

「……何だろう、何だろうこれ…………。ゾクゾクしてぇ……気持ちいい……」

「おっと?」


 この時、ベアボウはやっと危険を察知した。ラエル2の表情が。声が。息づかいが。今まで何度も見て来た、荒れ狂うラエル2の前兆なのだ。


 刃物を振り回してきたかと思えば泣きすがってきたりする、いつものラエル2に戻るだけだ。何ら問題はない。今までが大人しかっただけで。


 それなのに、この絶望感はどこからやってきているのだろう。


「ありゃー、ハイテンションな方になっちまったかー。大変だぜぇ」


 天を仰いでひどく興奮するラエル2。風をもろともせずに、おぼつかない足取りで立ち上がった。


「アハ、気持ちいい……。ねぇ烏人間さん、ずっと風吹かしてるだけじゃつまんないでしょ?」

「そうですね。単調ですから」


 ハナタの返事を聞いて、ラエル2は嬉しそうに微笑んだ。


「そんじゃ、面白くしましょ」

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