第50話 「ニセコナミ」

 ハナタの笑みを不審に思ったポンカ達は、視線の先の空を見上げる。その先にいたのは。


「ひとまずお疲れ様、ハナタ。ようやく準備が整った」


 ピンク色のセミロングに、水色のカーディガン。端麗な容姿を持ちながらも、瞳の奥には黒い思惑がぐるぐると渦巻いている。


 サザナミが、「ニセコナミ」と呼んできた存在。


「お前、ドラゴンの時の……!」

「そうだね。わたしもベアボウのことは痛いほど覚えているよ」


 ベアボウの声がわずかに震える。握っていた拳も力なく震え、やがてほどかれた。それに対して、「ニセコナミ」はハナタと同じく余裕を含んだ笑みを浮かべる。


「ずっと亜空間からみんなの戦いを見ていたんだ。そうだね、管理者一行が旅を始めた頃からかな。楽しかったよ。出発してすぐに大群に襲われたり、ライ林のナオと頑張ってるのを見るのは」


 言葉通り、宙をひたひたと歩きながら笑う「ニセコナミ」。いつでも攻撃できる隙があるのだが、禍々まがまがしい空気に包まれて、誰も動けない。それはポンカでも同じ。


「じゃああんたの仕業かよ、ビルに悪い奴らが押し寄せてきたの」

「そうだね。君は……ラエル2か」


「ニセコナミ」は管理者のことも、他の実力者のことも知っている。彼らが旅を始めてからずっと、見てきたから。


「みんなを襲わせたのは、能力を見ておきたかったからだね。確実にみんなを始末するため、そして」


 二つの命をいただくため。


 口角をあげてささやく「ニセコナミ」。もはやポンカ達はニセコナミの眼中にはなかった。


「でも弱いオバケじゃ能力を使ってくれなかった。特に、ポンカ。だからライ林に行かせた。少しだけ手ごたえのあるナオになら使ってくれると思ってね」

「ぴょに……!」

「行かせたって、ピンク頭……。てか二つの命って」


 投げかけられる言葉に「ニセコナミ」は答えず、バッと両手を広げる。


「おかげでみんなの能力が分かった! もう準備は万端だよ」


 そう狂気的な表情で叫んだ「ニセコナミ」の背後に、ねじ曲がった空間が1、2、……5つ現れた。どれも空にぽっかりと穴が開いたようになっており、中が見えない。


「さあ亜空間、管理者たちを呑み込んで!」


 すると、ポンカ、ベアボウ、ラエル2だけでなく、下で戦っていたフェア、ドラゴン、サザナミも無理矢理亜空間に引きずり込まれる。


「ええぇええぇ?! どうなって……体が浮いて、」

「サザナミ、アレを見ろ」

「あれ……?」


 ドラゴンとサザナミも「ニセコナミ」の姿を視認し、フェアも静かに激戦の覚悟をする。


「……あれ、ニセコナミじゃないですか」

「ああ。アイツが悪いオバケの親玉なのはほぼ間違いない。そして、サザナミの妹も関係しているだろう」

「なかなかな死闘になりそうだね」


 皆がそれぞれ表情を変える。


 サザナミにとっては自分の妹を名乗る偽物、管理者たちにとっては前にボロボロにされた相手、ラエル2にとっては……オバケをビルに奇襲させた張本人なのだから。


「おいお前ら! とにかく自分の体を大切にしろ! 再起不能になっちまったらお陀仏だからなぁ?!」

「うるさい脳筋熊野郎。それくらい分かってる」

「ぴょにー!!」

「ジブンなりに何とか頑張るぞ!」

「きっと生きて帰ってくるさ」

「はい! 僕も生きて、必ず妹を……!」


 それ以上の会話は許されず、管理者たちはバラバラに亜空間に吸い込まれていった。


 お遊びはもうおしまい。


 心臓を突き刺そうとする刃がほら、すぐそこに。



 ――とある一つの亜空間――


「何だぁここはぁ」

「時代劇のセットすぎる……」


 ベアボウとラエル2が飛ばされたのは、どこまでも続く川に赤い橋がかかっている和風な空間。どこかで途切れているような様子もなく、白い河原が広がるのみだ。


 水面に白い月がゆらりと映る。


「またお二人ですか。今度は嵌められないようにしないといけませんね」


 不気味なほど静かな闇夜に響く声。月を背に橋の上に佇むのは、先ほど叩きのめしたはずのハナタだ。


「はぁ? またお前と戦わなきゃいけねぇのかぁ?」

「……四天王である僕があれでくたばるとでもお思いですか」

「何で普通に立ててるんだよ烏人間……」


 やはりハナタは微笑む。二人を見つめる鋭い目は、銀色にぎらついていた。



 ――またとある一つの亜空間――


 雪が降り積もる平原。雪は当分やみそうになく、辺りには何もない。本当に何もないのだ。


「あなたはフェアね? やっと管理者に会えて嬉しいわ」

「……そう。それはよかった」


 雪の中を舞うフェアの前に現れたのは、深紅の着物をまとった美しい鬼のオバケ、クロテルだ。


「あら、何でそんなに不機嫌そうな顔をしているの? オバケ同士仲良くしましょう?」


 クロテルはそう言ってフェアに歩み寄るが、フェアはその分後ずさりする。


「何? アタシが嫌いなの?」

「嫌いも何も、ジブンとあなたは敵同士。なれなれしくするつもりはないよ」

「……そう」


 それきり、話は続かなかった。ただ雪が降り積もり、また降り積もる。クロテルの着物が風に吹かれて花のように揺れ、フェアの瞳が花火のようにきらめいた。



 ――またまたとある一つの亜空間――


「ぴょにぃ……」


 ポンカがやってきたのは、上も下も右左もあったもんじゃないカオスな空間。蛍光の虹色が混ざり合った絵の具の中にいるようなものだ。


「アナタはポンカだネ。会えて嬉しイ」

「ぴょ」


 ここにいるのはツインテールロボット、シャイトだ。空間を歩いてポンカの方に向かう。


「アナタの実力ハ目を見張るものがあル……。てキながらあっぱレ……」

「ぴょー?」


 褒められてもポンカは顔をしかめたまま動かない。どこを狙うか考えているようにさえ見える。


 その様子を見たシャイトは二つの白い目を点灯させて、何やら音を出し始めた。聞いた者が思わず耳を塞がずにはいられない、不快な音。


「あっぱjへいえxべhvy会飢え3hんぃひ青苧Ⓙ##……」



 ――またまたまたとある一つの亜空間――


 光の届かない洞窟に、紫色のくもの巣がそこかしこに作られている。くもの巣からは甘い匂いが漂うが、触ってはいけない類のものだろう。


「ドラゴンさんダメなところですよ、毒でも盛られて死にますよ」

「パニックになるな。来てしまったものは仕方ないだろう」


 ドラゴンとサザナミの会話がまあよく響く。そして、それを聞きつけてやって来たオバケがいた。


「ああそうだぜぇ。あっしの毒には気を付けることだねぃ」

「……お前が四天王か」

「うーん、ちぃと違うかもねぃ。正しくは、お前『たち』だ」


 へらへらと話しかけてきたのはハチのオバケのミャチメン。立派な翅があるのに、ゆっくりと歩いている。


「ああ、なるほど」

「……そ。あっしの後ろにいるのが」


 あっしの妹、ミャルメンなんだよねぃ。

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