第45話 ほら、すぐそこに。

 まだ空気が乾いている風呂場に入り、まずは体を洗う。さすがにそのまま湯船に飛び込む馬鹿ではない。ちなみに僕は左腕から洗う派です。え? どうでもいい? そう。


 やっぱりあったかいかけ湯は最高だ。疲れが洗い流される。たまに水温が急激に上がるのはご愛嬌ということで。


「うぉっしゃあああ! オレを泳げないクソ熊だと思ったら大間違いだぜぇ!!」

「……銭湯は泳ぐところじゃないぞ。というか、お前が泳げるほどのスペースないだろ」

「あ? そうだったかぁ?」


 思わずベアボウの声の方を見ると、もう湯船につかっている。馬鹿では。いや熊か。いくら熊でも体くらい洗って入らないか??


 それを見る向かいのドラゴンは長い髪を洗っている真っ最中。ドラゴンの髪、女子並みにサラサラだから、きっとちゃんと手入れしてるんだろうな。


「……うるさいな脳筋熊野郎。大人しく風呂も入れねぇの?」

「うっせぇヒョロヒョロラエル2! 猫背やめろ! そしてもっと食え!!!」

「俺のことそうやってけなして何が楽しいわけ? 本当に理解しがたい。ていうかね、僕とドラゴンじゃあ大して体格変わんないでしょ、ねぇほんとに何考えて」


 僕たちとは少し離れたところに座っていたラエル2は、お得意のねちねち攻撃でベアボウに対抗する。が、ドラゴンが口元で人差指を立てるとそれはスッとやんだ。


「……あんたに指図されるほど俺弱くねぇんだけど」


 ドラゴンにそう吐き捨てたラエル2。またわしゃわしゃとシャンプーを流し始めた。


 少しして体を洗い終わると、四人で湯船につかった。これが銭湯で一番幸せな時間である。異論は認める。


「そういや君、毛皮の中そんな顔だったんだ」


 ラエル2がふいにつぶやく。


「あ、はい。毛皮は防護服みたいな感じです」

「……ドラゴンと似たような感じなんだねぇ」


 その言葉に一瞬背筋が伸びる。ドラゴンは「僕を食うオバケはここにはいない」と言っていたものの、ラエル2は微妙なラインなのだ。実際殺されかけたし。


「人間そっくりの見た目のオバケも一定数いるからな」

「そうだぜぇ。オレたちが封印したナオってやつも人間の見た目だったしなぁ」

「……僕もエルフでほぼ人間みたいなもんだし、似た者同士か」


 ちょっぴり心臓がうるさい。今牙を剥かれるかもしれないと思うと気が気じゃなくて。


 でも大丈夫。ここにはドラゴンもベアボウもいる。きっと何かあっても助けてくれる。


「なあお前ら、やっぱ一回泳がねぇ?」

「何故」

「銭湯はゆっくりするところだと思うんですけど……」

「やっぱり常識がなってないだろこの脳筋熊野郎」


 平然とアウトなことを言うベアボウ。この調子だと大丈夫そうだな(???)



 ――一方、禁断の女子風呂は――


「ポンカ様早すぎ~?! ジブン泳ぐのは得意じゃないんだぞー」

「ぴょにー!!」


 カエルのポンカ様とトカゲっぽいフェアが泳いでいるだけなので、別に覗いたって支障はないのであった。



 十分風呂を堪能した僕たちは、ほかほか気分で受付前に戻ってきた。とりあえず今夜はきちんと寝れそうだ。


「おーおー、男子諸君上品に風呂は入れたかねー?」

「ああ! あったりめぇだろうが!!」


 フェアの問いかけにベアボウは自信満々。泳ぐとか言っていたのはどこの誰で?


「サザナミ、もう諦めろ」

「……ドラゴンさん……そうっすね……」


 ドラゴンが耳打ちしてくる。もうなんでこの人は僕の気持ちが分かるんだ。すごいを通り越して怖くなってきたよ。


「ぴょににに!! ぴょー」

「そう! ジブンたちは優雅なお風呂タイムを過ごしたんだぞ」

「ぴょにおー」


 ポンカ様が泳がなかったのかは疑問点だが、あれこれ言う権利は僕にない。覗いたられっきとした犯罪だし。


「んじゃ、俺はこれで失礼」

「ん、ラエル2待って」


 しれっと部屋に戻ろうとしたラエル2にフェアが待ったをかける。その顔は心なしかこわばっているようにも見えた。


「一つみんなに伝えておかなきゃいけないことがあるんだ」

「? 敵襲か?」

「……ドラゴン、キミ勘が鋭いね」


 フェアはニヤリと口角を上げると、コホンと咳ばらいをしてこう告げた。


 近いうちに悪いオバケの「四天王」とやらが襲ってくる、と。

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