第43話 寂しい
「君でも恋愛くらいしたことあるでしょう? ほら聞かせてくれよ」
「俺はもう散々だったよ本当に……気づいたら一人になっててねぇ」
「辛い時は気分がアガることでもすればいいんだよ。ね、――――――――(僕個人の判断で規制に引っかかったためこの処置とする)」
「――――でも――でもやってりゃあ幸せになる。どうせあんたらそういうことしか考えてないんだから」
ラエル2はひたすらに愚痴やら人間だったころの話を語る。もちろん片手には酒の缶を持って。
……そして何よりこの人、僕の脳内でピー音再生される単語をペラペラ喋る。ちょっとくらい抵抗があってもいいと思うのに。とにかく反応に困るのだ。
さすがに電気はつけてくれ、ボロめのソファにも座らせてくれたが、そんなことは些細な事である。
「――――したい……。めっちゃしたい……」
「いや僕に言われても……」
ラエル2の部屋はゴミ屋敷までとはいかなくとも、そこかしこに酒の空き缶が散らばり、ビニール袋もくしゃくしゃになっている。この精神状態になるのも当然と言うか……いや精神が弱ってるから散らかってるのか。
「ねぇ、君も一度は――――」
「ちょちょちょちょも、もうやめて」
「今更純粋ぶっても意味ないよ? あんただっていい年頃だろう? 知らないわk」
「ななな何で僕があなたの卑猥な話に付き合わなきゃいけないんですか?!」
酔ってほんのり赤くなった顔で距離の圧を詰めて来るラエル2が怖くて、我慢できなくて、もう恐ろしくて、刺されるなんてさらさらどうでもよくて、気づいたらソファから立ち上がり、叫んでいた。
とにかくこの地獄から逃げ出したくて!
「あんた、俺が寝れるまで付き合ってくれるんじゃねぇの? え言ったよね? あんたも裏切るのか、なるほどねぇ」
「いや、いいえ! 僕はあなたに付き合うなんて一言も言ってなくて、あなたが勝手に引きずり込んで」
至近距離で問い詰めて来るラエル2。元々の精神状態に加えて、今は酒も入っているわけで、話が通じるわけもなく。
「この部屋に入ったあんたが悪いんだろうがぁぁあ」
どこからともなく現れた短刀を振り回し始めた。ポケットにでも入っていたのかもしれない。
……さすがにこれはまずい。
「僕を軽く見る奴はみんな殺してやるって決めてっから、残念だけどあんたはここでお陀仏だ。……もう死んでるけど」
まずいまずい。下手に反抗するんじゃなかった。いざこの光景を目にすると恐怖が圧倒的。僕がオバケならそつなくやり過ごせただろうに、あいにく生きている。
逃げるか。
「お前はちゃあんと話を聞いてくれると思ってたんだけどなぁ、裏切られるとやっぱり辛いよなああああ!」
カギはラエル2が持っているため、すぐさまドアをドンドン叩き、この状況を周囲に知らせる。ドアが壊れることはないけど、気づいて手を打ってくれるオバケも出てくるかもしれない。
……何で。仮にも味方なはずのオバケとデスゲームをしなければいけないんだ。僕に心を落ち着かせられる時間をくれてやってもいいのでは。
「あああそうやって責任から逃げようとするんだ、そんな小さな奴だったのかあんたは。管理者どもと同じか!!」
「……今何言っても地雷踏むだけだろうしな……」
ぼそぼそと聞こえないようにつぶやいたはずだった。のに、
「黙っとけ!!!」
背後に風を感じて見てみると、毛皮がざっくりと切り裂かれていた。幸い僕本体は見えていないものの、時間の問題だ。
「すみません!! 助けてください!!!」
ドンドンドン ドンドンドン
ひたすら声を出して助けを求めても、なかなか声はかかってこない。一瞬ラエル2からカギを奪おうかとも考えたが、いよいよめった刺しにされるので却下。
そうしている間にも、短刀は僕の首元や足首をかすめる。
「すみません! 助けてもらえませんか?!」
「耳障りな声出す口塞いでやろうか?!!!」
本格的に命が危ない。最悪僕もナイフで戦うこともできるが、実力者であるラエル2にはかなわないだろう。
助けてください、この人狂ってます。
と、声も枯れてきたその時。ドア越しに現れたのは。
「おいもじゃもじゃぁ! 聞こえてんならドアの前からよけろぉ!」
「?! ベアボウさん!」
よく通る声。間違いなくベアボウだった。
「あんの脳筋熊野郎……」
ラエル2がベアボウのことをぐちぐちと言っている隙に、ドアから距離を置く。ベアボウがやることだ。あらかた想像はつく。
「こんなドアごとき、オレにとっちゃあ板チョコ同然よぉ!!」
バキバキバキッッッッ
その声の後、ベアボウが弾丸のようにドアを破壊した。
体一つで突っ込んできて、ドアを破壊したのだ。そう、破壊したのだ。うん。目にもとまらぬスピードで希望への道を切り開いてくれた。
「……やっぱお前馬鹿じゃねぇの?!」
「おいもじゃもじゃ! さっさとここ出んぞ!」
「はい! 感謝してもしきれないです!!」
ベアボウは目を白黒させるラエル2に構わず、僕の背中を力任せに押す。そしてそのまま部屋を出てエレベーターがある方へと向かう。
「みんなで風呂入んぞ。ナオと戦って汗もかいただろ」
「え、風呂ですか? みんなって管理者のみなさん?」
「あったりめぇよ! 裸の付き合いも大事だからなぁ。ドラゴンはなっかなか一緒に入ろうとしなかったんだが、オレが説得したから心配はいらねぇ!」
な、なるほど。部屋風呂は封じられたと。別にみんなと風呂に入るのは嫌ではないからいいのだけど。
僕を押してエレベーター前まで連れて行ったベアボウは、ふと後ろを振り返った。
「……」
視線の先には、壁を支えにして歩いてくるラエル2がいる。
「ラエル2、お前寂しいならオレたちと一緒に風呂入るか?」
「なあなんななななんな何でです?!」
反射的にベアボウを引っ叩いてしまった。しかし、ベアボウは視線を移さない。
「……どうせ一人でいても悪夢を見るだけだから……ねぇ……」
少し頭が冷えたのか、恨めしい瞳そのままで会話はしてくれる。また暴れだすのではと不安で仕方がないが、ベアボウは穏やかな笑みでラエル2に言葉をかける。
「んじゃ、鍛え上げられたオレの背中を見て恐れおののきながらついてくるんだな」
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