第38話 企むこと

「回復って? ジブンに疑いかけるわけ?」


 ドラゴンが挙げた、すぐには呑み込めない説。回復魔法が得意なフェアが分かりやすく顔をしかめた。


「いや、違う。もう俺たちもそこそこの付き合いだろう、フェアがそんなことする奴だとは思っていない。第一、お前はサザナミを助けてくれただろう」

「そりゃそうだよ。サザナミクンはれっきとした仲間なんだからさ」


 一気に場の空気が淀む。口に出さなくとも、一人一人が誰かを疑い怪しんでいる気がした。


「あの、ドラゴンさん。もうちょっと詳しく説明してもらっても?」

「もちろんだ。確証を得ているわけではないが、俺の持論を話そう」


 このままじゃどうにも落ち着かない。言葉を投げっぱなしのドラゴンにも本気を出してもらおう。


「俺が言った『攻撃の隙にナオを回復させた奴がいる』、という話だが、その『奴』の予想はついている。……陰口みたいで気分はよくないがな」


 そこまで言うと、ドラゴンは僕たちが話し合っている輪から視線を移し、ライ林を遠くまで見渡した。僕たち以外のオバケがいないか確認するように。


 ……ああ、そういや、いなくなった人が。


「ナオを回復した奴は、おそらくミャルメンだ」


 誰に言うわけでもなく、聞いてほしくもなさそうにつぶやいた。万が一敵に聞かれたらまずいと思ったのだろう、いつもよりトーンは低めだ。


「……ふぅん」


 興味が無いのか最初から分かっていたのか、ベアボウは特段驚くこともなく腕を組むだけだった。


「え? あの、くものこでしょ?」

「そうだ。それ以外に誰がいるか」

「そう、だよね……。あの子だけだもんね……」


 フェアはそう言ったものの、何度も瞬きして首を傾げた。にわかには信じがたいのは事実だろう。だって僕も信じられなかった。


 首を負傷して意識が朦朧としている中、向けられたあの笑顔。正常な時に見れば、少しは変わったのかもしれない。でもあれは、流れ出た生温かい血さえ冷えてしまいそうなほどに残酷なものだった。


「ぴょにぃ」


 ポンカ様、ここらへんずっと何かを怖がっていた。その時と同じ顔をしている。もしかしなくてもポンカ様はお見通しだったのか。


「ええと、どうしてそう思ったんです?」


 さっきから質問しかしていないな僕。まあいいや。話を聞いておいて損はないしね。


「……俺は最初からあいつのことが気に食わなかった。俺たちが管理者であることを知っていて、ライ林で落ち合おうなんて普通言うか? 一般オバケだぞ? 自分が傷つくことを考えたら俺たちに全部任せるだろ」


 初めてミャルメンと会ったときか。その時は、こんな可憐な女の子が危険なところに行くなんて……。とか勝手に悲しんでいた記憶。


「一般のへなちょこ共はぜってぇ言わねぇな。戦場を知っている奴の言葉だぜ」

「…………非常に癪だが、俺もそう思った訳だ」

「うっせぇ素直にオレが有能だって認めろってんだ!!」


 すぐにベアボウがドラゴンの肩をボコボコと叩き始めたが、もうドラゴンは動じない。そのまま話を続ける。


「それで、いざライ林に着いたときにはミャルメンはいなかった。出てきたのはナオと戦い始めてからだ」

「……わざとライ林にジブンたちを呼び込んだってこと?」

「俺はそう思ったが」


 フェアは管理者の中でもミャルメンに友好的に接していただけあって、少しずつ証拠が集まっていくにつれ表情が険しくなっていく。


「だから、ミャルメンとナオは仲間で、俺たちをはめるためにライ林に招き入れた。ミャルメンは俺たちの情報を手に入れるための回し者……っていう、俺の妄想だな」

「ぴょに……」


 僕が一番怖いのはポンカ様のこの反応だ。死ぬはずのないオバケを無理矢理封印できるポンカ様が恐れるなんて。どれほどの猛者なのか想像ができないのだ。


「とりあえず、さ。ヤシブに戻らない? ずっと戦ってて疲れたし。今日はもう休もうよ」


 苦しそうにフェアが言う。


「そうだぜ。オレ難しいこと考えんの嫌だからよぉ、飯食って風呂入って寝ようぜ」

「……ぴょにぃ」

「それもそうだな」


 ドラゴンは二、三歩ライ林の出口に足を進めた後、「すまない」と独り言をこぼした。


「こうやって俺たちをかき回すのも、悪いオバケたちの企むことなのかもしれないのにな」

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