第36話 花火

 よく知っている様で意外と知らない、血の味。鉄を舐めるよりももっともっときつい味が、流れ込んでくる。


「……?」


 もじゃもじゃの毛皮の中で、精一杯味の正体を探る。ナオの返り血かもしれないし。いや、毛皮を被っているんだからそれはないな。僕がどこかを怪我しているんだ。


 それじゃあ、早く止血しないt……


「サザナミクン?! 血が染みてるけど意識はある?!」


 その瞬間、世界が反転した。


 頭が地面にぶつかって、すぐに体全体が力を失っていく。何より首が痛くて。それも強打した痛みじゃなくて、生々しいもの。それでようやく理解した気がする。


 ナオに、首を斬られかけた。


「……わ……」

「待ってね! 今手当てするから! 心配しないでね!」

「…………はい」


 ナオはポンカ様に封印されたんじゃないの? でも声は聞こえたし……。自分の首から血が出てるって考えると、すごく怖いな……。


 横になっているから周りのことは見れないけど、フェアが頑張って助けようとしてくれてる。みんなの声も聞こえる。


「大丈夫ですか?」


 ああ、ミャルメンがきてくれた。ほんと、あったばかりなのにしんぱいしてくれてありがとうね……。あとしっぽがふわふわしててかわいいね……。


「……」


 うなずくなんてできないから、なにもかえせないけど、かんしゃしてるよ。


「よかったです!」


 みゃるめんはぼくのこころをよんでいるのかな。すごいにこにこしてくれた。でもなんだろう。すごくさむけがする。


 すごく、こわいな……。


「よし! サザナミクン! お待たせだぞ!」


 みゃるめんのよこにふぇあがやってきた。なにやらきらきらしたはなびだまみたいなものをかかえている。


「これをね、ドッカーンと爆発させるんだよ」

「……?」


 うーん? ぎゃくにとどめをさされそうなきがするけど、それはぼくだけかな?


「爆発、ですか?」

「そうそう。ジブン特製のお薬だからね。効果はバツグンだぞ?」

「魔法ってすごいですね……」


 みゃるめんもおなじみたいだ。


「よし! 煌びやかな回復魔法! とくとご覧あれー!」


 ふぇあはくるくるまわりながらそらたかくのぼると、ぼくにういんくをしてはなびだまをずじょうにぶんなげた。


 それにとどくように、おとくいのほのおをおおきくはきだす。ふつうのほのおのはずなのに、えもいわれぬみりょくがある。


 すると、はなびだまからこのあたりぜんたいに、いろんないろのひかりがふりそそいだ。


 あか、あお、きいろ……。緑にピンクに紫に。


 木漏れ日と合わさって、それはまるで花火のようだった。遠くから見るはずの花火の中にいるかのような感覚に、僕は痛みを忘れてしまった。


 綺麗だ。


「……あれ?」

「どうだい? サザナミクン」


 いつの間にか立ち上がっていたけど、傷は影もなくふさがっていて全然痛くない。それどころか戦う前よりも元気になった気さえする。


 すぐ隣にいたフェアが微笑んだ。遠いどこかを見るように。


「最高です!」

「にしし。でしょ? これでもすごい回復魔法なんだからね。それに花火、もう一度見たくなってさ」

「もう一度?」


 僕がきくと、フェアは黙ってきらめきの余韻を噛みしめ、「うん」とだけこたえた。


「うおぉい! サザナミ死んだか?! 死んだのか?!」


 そんなちょっと切ない空間に、とある筋肉が横入りしてくる。


「?! べ、ベアボウさん、僕生きてます! てかオバケは死なないから! 不謹慎すぎです!」

「死んでねぇのか! まあ生き残るのは義務だな! こんなとこで死んだら鼻で笑ってやるプランだったぜ!」

「そんなプラン立てないでください!」


 ベアボウは変な心配もしないからある意味楽だ。さすがに「死んだか?!」は悲しくなるけど。ベアボウなりに気にかけてくれていたのかもしれない。


「フェア、本当に助かった。ありがとう」

「お? やっとジブンの偉大さに気づいたのかー?」


 続けてドラゴンもやってきた。戦闘で負傷していたところはすっかり綺麗になっている。これもフェアの魔法のおかげか。


「サザナミが危うく死ぬところだったからな。俺だってお礼を言えないクズじゃない」

「えー、今更感あるんだけどー」

「感謝してるんだ、素直に気持ちを受け取れ」


 フェアはぷくりとほっぺたを膨らませる。


「僕からも感謝します本当にありがとうございますフェアさん最強です」

「おーおー、そんなに言わなくてもいいけどありがとうだぞー」


 フェアさん、軽く振る舞っているつもりだろうけど顔赤くなってますよ。バレてますよ。


「あれ、そういえばポンカ様とミャルメンは」

「ポンカ様なら、封印の仕上げをしているところだな。あそこだ」


 ドラゴンが指差す方向には、大きな木の前でごく小さな光とポンカ様が対峙していた。あの光はおそらくナオ。ポンカ様の力であんな姿になったのだ。


 いや、そうしたらますます首を斬られかけた理由が分からなくなってくるんだけど?


 少し遠くにいるミャルメンもその様子を見守っていた。


「ぴょにーっ。ぴょに!」


 ポンカ様はぷんすかと三度飛び跳ねると、長い舌を伸ばして光を呑み込んでしまった。


 ……え?

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