第33話 そらしちゃだめ
「サンラセン」と言ったか。また何かが襲ってくるのかと思ったが、予想に反して僕のまわりは静かだった。
「……何をしたんです?」
「さぁね。馬鹿正直にきいて答えてくれると思ったの?」
降り積もる落ち葉にしっかり足をつけ、何が来てもいいように警戒する。さっきの翼竜みたいに煙になって忍び寄ってきているかもしれないし。
視界の隅でそれぞれが巨大なオバケと格闘しているのが見える。できることなら僕だって加わりたい。後ろで魂を消費しているであろうドラゴンの壁にもなりたい。
だけど、ナオがそれを許さない。
「はは……。いくら警戒したって無駄だよ。ぜぇんぶ僕の思うままだからねぇ」
ナオはふらふらと歩いて僕から距離を取った。本当にこいつ、酔ってんじゃないのか?
……いやそんなこと考える時じゃない。今距離を取る必要があったってことは、
「
何か来る。
ナオはいつの間にか大人しく横に佇んでいた翼竜の頭を雑につかむと、空き缶を潰すような足つきで翼竜をも踏み潰してしまった。
翼竜の体は黒い煙になってナオを包み込む。ナオもそれをめいっぱい浴びようとその場でクルクル回る。煙の中を泳ぐようにしているナオの瞳が細くしぼられたのが容易に分かった。
逃げたい、けど逃げられない。
もうどうしようもない。
「今度は僕直々に手を下してやるからねぇ……。へへへ……」
派手に上ずった声が嫌でも耳に入ってくる。このオバケにもはや話は通じない。
煙はどんどん薄くなり、やがて跡形もなく消えた。そこにあるのは、がらりと容貌が変わった恐ろしいオバケだけ。
雪のように白かった着流しは今や翼竜と同じく真っ黒に染まり、僕とそう変わりのなかった瞳はぎらぎらと赤く光っている。
肌だけは不自然なほど真っ白な分、不気味さが際立つ。
「ねぇえ、変わったのは見た目だけだと思ってる? まあ変わったのはホントだけどねぇ、僕が翼竜の力を借りたのはねぇ」
吐息混じりの声が聞こえたと同時に、ナオの姿が地上から消えた。ではどこにいるのか。
「君を思う存分むさぼり尽くすためなんだよ!!」
上だ。
木漏れ日の優しい色とは対照的な、影の色をした翼を誇らしげに羽ばたかせて。
「うおぉ?! 何空飛んでんだよ! オレも空中戦やってやるかぁ?!」
「ベアボウ! 今はこの巨大な猫ちゃんをこらしめとかないと!」
「ぴょにー!」
ナオに目が行ったベアボウをとがめるように、ポンカ様とフェアがカタツムリ猫に一斉攻撃を仕掛ける。
ポンカ様は体格差がえげつないカタツムリ猫の顔に回し蹴りをお見舞いし、フェアは激しい光を発して目をくらませた。
水の流れのように叩き込まれる蹴りに、カタツムリ猫は体勢を崩す。
「うあぁ?! すげぇなお前ら! 少しは見直したぜ! オレがここに入ったらオーバーキルになっちまうかもだがぁ、仕方ねぇな!」
うん。皆さんベアボウの扱いに慣れておられる。きっと大丈夫だ。カタツムリ猫は任せます!
「ねぇえええぇ、よそ見する度胸があるんだねぇ! 僕に食われるかもしれないのに!」
「っ……」
ナオはそう言いつつも、まだ空をあちこち飛び回っている。
「あんただって、僕を殺す時間があったのにやってないじゃないですか」
「まぁねぇ、僕はすぐに楽にしてやる優しい奴じゃないからねぇ。じらしてからゆっくり殺してやるんだよ。だから楽しみにしてて?」
ほんっとうに思考が理解できない。言っていることがちんぷんかんぷんだ。
でも口ぶりから察するに、僕が人間だということは気づかれているに違いない。ナオは裏でニセコナミと繋がっているんだろう。ドラゴンの情報も仕入れてたりするのか。
じゃあドラゴンも狙われr……
「じゃあまずね、もじゃもじゃ君には、目の前で仲間が死ぬ生き地獄をプレゼントだよ。目はそらしちゃだめだからねぇ?」
「だ、ド、みんなには手を出すな! 僕を殺すんだろ?!」
「うーん、言ったんだけどなぁ。ゆっくり殺してあげるんだよ。そりゃあ精神も同じことだよねぇ」
僕の声を聞くはずもなく、ナオは地上に音もなく降り立つと、軽くスキップしてとある男のところに向かった。
「息も絶え絶えだねぇ、ドラゴン君」
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