第29話 来ちゃったあ

「い、いないって」

「あ? そのまんまの意味だぜ。いい焼き鳥になると思ったんだけどなぁ」


 さっきまで生き生きとしていたベアボウの瞳は、あっという間に鳴りを潜めた。


 翼竜がいたところには、もう雑草の炭しか残されていない。あの灼熱の中隙を見て逃げ出したのか? 嘘だろ?


 絶対直撃したと思ったんだけど……。


「今のオバケは、能力の一部だろうな」

「そーだろーねー。主が能力使うのやめたのかな?」


 ……?!


 ドラゴン、フェアさん、当たり前のように話してますけど、能力の一部ってどういうことですか? 僕非常に混乱してるんですけど?


「ええ、えーと? 能力って、使い魔みたいなやつも呼べるんですか?」


 うん。僕に悪気はなかったんだ。能力ってそんな夢みたいなこともできたんだっけって、思っただけ。能力ってすごいなあ、僕も欲しかったなあって、思っただけ。


 なのに、僕がそう言った途端、ドラゴンが鬼のような形相でこちらをにらんできた。今日はベアボウもドラゴンもにらみすぎだよ……。


 ……いや待てよ、ドラゴンって確か龍を呼び出せt


「俺の能力を忘れたのか?」

「あいや、忘れたんじゃなくて、ちょっと頭から抜けてたって言うか、ねえ、そういうことって誰しもありますから、ね」

「俺への侮辱ととらえさせてもらう。戦闘で償うんだな」


 ドラゴンはぎりりと奥歯をかみしめた。


「……勘だよ」


 そして恐ろしく冷静にぽつりと。


「あの翼竜、ベアボウがペラペラと無防備に喋っていたにもかかわらず、攻撃してこなかった。普通なら攻撃が最善手。……きっと操っている主がいるんだろう」

「そういや、ですね」


 戦いのプロたちがそう言うんだったらそうなんだろう。じゃあ主は攻撃しないように命令していたのか。目的はなんだ? 状況確認かなにかか。


「とりあえずー、あんまりグズグズしてられなくなってきたね。こっからは気合入れて! オバケの主も突きとめちゃおっか」

「気合入れるつっても、管理者が揃ってんだったら余裕だろ? お茶の子さいさいってやつだなぁ」

「ぴょににー」


 安心感は半端ないけどね。最強がいるんだから。


 でも僕、とても不穏な気がしてならないんです。そこまでライ林に近いわけじゃないのに、もう偵察部隊がやってきている。もう僕たちの存在は知られているのだ。


 初っ端のオバケの大群といい、僕たちを監視しているオバケがいるかのよう。


 怪しいのは断然ニセコナミ。あいつは操られてるとか関係なく消えやがったし。空間関係の能力なのかもしれない。


「よぉしテメェら、こっから一番早くライ林着いた奴が優勝な!」


 あれこれ考えているところに、ベアボウの声が響く。


「は」

「え?」

「ぴょ?」

「はい?」


(上からドラゴン、フェア、ポンカ様、僕である。ひどい。ベアボウ泣いていい)


「そうやって無駄な体力を」

「うっせぇ! ウォーミングアップに決まりきんちゃんだろうが! とっとと行くぞ!」


 皆がどんよりとした表情で見つめる中、ベアボウはそれを振り切りダッシュで草むらを駆け抜けていった。


「はわわ……。困っちゃうなー」

「ぴょにおん」


 乗り気ではないフェアだが、ポンカ様はぴょにぴょにと跳ねる。早く行こうとでも言うのか。


「ぴょにぃー!」

「えー、ポンカ様走るのー?」

「ぴょにっ」

「じゃあジブンは飛んで行こうかな」


 ええ、めちゃくちゃに絆されてるぞ。このままじゃみんなでランニングになってしまう。そしたら僕がおいていかれるのは確定になるわけで。うわあ、やっぱり体育まともにやっておけば!


「どど、ドラゴンさん?!」

「何だ。俺は走らんぞ」


 おおっと。爆速で回答するところ、嫌いじゃないですよ?


「どーうせ、おいていかれるのが嫌だとか、くだらんことを考えていたんだろう」

「ざっつらいと!!」

「はあ」


 こんなにも予想が当たってしまうものなのかという顔をされた。ん? 分かりづらい? 端的に言うと、「馬鹿だこいつ」って顔をされたのだ。


 あれ? 結局分かりにくいことには変わりない?


「急がなくてもオバケは逃げない。俺は龍を使えない以上、体力は大事にしないといけないしな」

「で、ですよねぇ、やっぱり歩いた方がいいですよねぇ」


 三人の背中がどんどん豆粒になっていく中、僕とドラゴンは平然と草原を歩いた。


 ずっとずっと、ライ林まで。



 ~ライ林~


 ライ林の奥深くで一人、木の枝に座ってほくそ笑むオバケがいた。


「ほんとに四人来ちゃったあ……。殺意高くない? 僕に恨みでもあるのかな?」


 人間に限りなく近い容姿の彼は、大きく丸い目を歪ませて笑う。


「でもいいやぁ……。みぃんな血みどろになっておしまいだからねぇ。へへ、へへへ……」


 酔ったような表情は、ますます彼の異様な空気を引き立たせる。


「この僕……ナオがぜぇんぶ始末するからねぇ……!」

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