第28話 丸焦げにしてやんよ

 いい加減茶番はこの辺にして、僕たちはこの街……ヤシブを出た。


 ヤシブには東西南北それぞれに門が設けられており、中心に管理者たちのビルがある。僕とドラゴンが初めてここに来たときは西門かららしい。


 そして、ライ林は東にある。どうりで僕が知らなかったわけだ。


「ライ林のオバケってどんな感じなんだろうなー。あんまり時間はかけたくないんだけど」


 フェアがくるくると宙を舞いながら言う。座ると液体になるのに何でそんなに空だと身軽なんですかね。羽も生えてないのに。


「オレと正々堂々戦わねぇ腰抜けだぜ? よわよわちゃんに決まってんだろ」

「お前とは違って賢明な判断ができる奴かもしれないぞ」


 またしても首を突っ込んできたドラゴン。しかし、ベアボウは血まなこでにらみつけるにとどまった。ポンカ様、本当にありがとうございます。


 いやしかし、東側は雑草がうっとうしいほど生えている。ずっとずっと遠くまで生えている。獣道とも言い難い草原を突き進んでいるわけだが、ちょっとくすぐったい。


 でも、風が吹いたときに一斉になびく草はきれいというか、幻想的だ。海にでもいるような気分になれる。


「ぴょにー!」


 ポンカ様は草原に転げまわりながらずんずんと進んで行く。その無邪気な姿からは、あの戦闘能力は全く感じられない。敵からしたら虚を突かれた気分だろうな。


「……服が汚れる。なぜ道の整備をしていない……」

「文句言うな! ドラゴンはヒョロガリすぎるんだよ体が! もっと鍛えろってんだ!」

「お前の成りが特別なだけだろ……」


 足元についた葉っぱをはらう不機嫌なドラゴン。誤解を生まないために言っておくが、ドラゴンは標準体型である。ベアボウのガタイがいいだけである。


 そもそも種族からして違いますから……。


「忘れてんじゃあねぇぞ、お前もヒョロガリ仲間だからな! サザナミ!」

「なななな、いきなりはよくないですよ!」


 油断していたところにベアボウは振り返ってきた。ご丁寧に指までさして。


「もっと食ってもっと鍛えてもっと寝ろ! そんなんだとすぐやられんぞ!」

「だから標準体型ですって」

「そうだサザナミ、もっと言ってやれ」

「な、ドラゴンさん?」


 ドラゴンまで振り返って悪い顔で笑ってくる。ドラゴン、子供なのか大人なのか分からない。非常に混乱する。


「べ、ベアボウさんがいj

「黙れ」


 僕が言いかけていたとき、ベアボウはピタリと足を止めた。


「来やがった」


 そう一言だけ残すと、ベアボウは僕の後ろに回りこみ、


 そこにいたオバケに殴りかかった。


「?!」

「ぴょ……!」


 僕の真後ろだった。それもそう遠くない距離。全く気付かなかった。


 小さな翼竜のようなオバケだ。黒っぽい体色に血の色をした目がおどろおどろしい。


「このベアボウ様にはバレバレってわけだぁ! さっさと消えちまいな!」

「……」


 ベアボウがドッと翼竜に覆いかぶさり、強烈なパンチをお見舞いした


 ……と思いきや。


「え? どこに行ったの?」


 翼竜は黒い煙のようになって、パンチをかわしたのだ。でも消えたわけではない。次の瞬間には、体が元の形に戻っていた。今も問題なく翼をはためかせている。


「へぇ。なるほどな。物理的にはダメージが入んない訳だ」


 牙をのぞかせて不敵に笑うベアボウ。それは、戦いを楽しむ強者そのもの。垂れ下がった耳を風が揺らした。


「オレの飯になる気はねぇってか」


 そうか。吸血しようとしても、暴力で解決しようとしても、どれだけベアボウが強かろうとこのオバケには無意味なんだ。全部煙になってすかされるから。


「おーい、魔法を使えるフェアさんよぉ」


 と、ベアボウは翼竜から目を離さずに言う。しかし、声は余裕に満ちあふれていた。


「こいつ、丸焦げにしてくんね?」


 ひゅるる、と風を切る音がする。これは……上から?


「っフェアさん!」


 音のする方向を見ると、空高く舞い上がったフェアがパチパチと燃え盛る炎をはこうとしている真っただ中だった。今回の炎はいつにもましてまぶしい。フェアに光が宿ったようだ。


「言われなくてもやるつもりだったよ」


 最後にくるりと一回転すると、その勢いで炎を翼竜に発射した。


 パチパチ、ボウボウ、ゴゴゴゴ。散々な音を立てながら急落下した炎は、一度翼竜に抵抗されはしたものの、光を伴って周りの草もろとも焼き払った。


 あまりの熱風に思わず目を塞ぐ。


「こんなもんかな」


 翼竜の焼却を確認したフェアは素早く地上に戻る。こんなもん、って言う割にはここらの空気が熱されましたけどね? かなり暑いですよ。


 真っ黒こげになったであろう翼竜をベアボウが確認しに行く。あ、そういやオバケはどんだけひどい目にあっても死ねないんだっけか。


 じゃあさぞ惨めな思いして丸焦げに、


「いねぇ」

「……え」


 丸焦げが、いねぇ。

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