第26話 くものこ

 僕たち一行いっこうに話しかけてきたのは、ハチ……のような色をした、クモのオバケだった。


 八本の脚のうち二本で歩き、残りの六本は手として機能している。首元や頭には白いほわほわした毛があって温かそうだ。

 そして目を引くのが、大きな尻尾と言うべきか。


 ほら、クモ見たことあるなら分かるだろうけど、お腹なのか尻なのか分からない部分あるじゃん? あれがハチの色して大きくなって、尻尾みたいになっている感じ。


 クモだけど、クモじゃないみたいな。凛とした顔がクモであることを忘れさせる。


「え、えーと、ごめん、お名前を……」


 フェアはすかさず情報収集。敵か味方か分からないときはそれが一番な気がします。


「あ、ごめんなさい! 名前も言わないで話しかけてしまって」


 クモオバケは四本の脚で顔を隠した後、僕たちに向き直った。


「ワタシの名前はミャルメンです。特に管理者さんたちを探していたわけではないのですが、悪いオバケの話題が聞こえたので……」


 ミャルメン。名前も何だか可愛らしい。ぺこりとお辞儀をすると尻尾がぽよぽよ揺れるのがこれまた。


「ミャルメンちゃん、ね。オッケー。いい名前じゃん」

「わわ、ありがとうございます」


 フェアは持ち前のキラキラ笑顔。心からの笑顔をされちゃ、誰だってフェアを頼りたくもなるよな。この人ヒーリング向いてるよ。


「ミャルメン、お前が聞いた情報は何だ? 教えてくれると助かるが」

「はい、もちろんお伝えします」


 ドラゴンがお得意の塩対応で尋ねる。いや、僕だからしょっぱい態度だと思ってたのに、可愛い女の子にもこれなのか。筋金入りすぎる。


 ドラゴンに若干怯えたミャルメンは、悪いオバケの情報を話し始めた。


「街ゆくオバケたちの話の話題によく挙がっているオバケがいるんです」


 ミャルメンにはさらさら興味がなさそうだったベアボウもここから耳を傾ける。悪いオバケはベアボウの糧だからか。


 そしてポンカ様。……葉っぱで顔を隠してしまっている。どうしたんだろう?


「ここヤシブから少し離れた『ライりん』に、正体不明の獣がいると」

「『ライ林』?」

「そうです。方角は……あちらの方ですね」


 ミャルメンはある方向を指差した。ここは建物が多くてあまり見通しが良くないが、遠くからでも見える山がある。あそこにライ林があるのだろうか。


「ライ林なんて一般オバケが入るところじゃないだろう」

「え? え、ああ、それはそうなんですけど……」


 ドラゴンが完全に恐れられている。せめて女の子には優しくしよう! せっかくのポテンシャルが台無しだぞ!


「ライ林って、そんな危険なところなんですか」


 まあそうなんだろうけど。現世だって、林に入ればイノシシやら熊やらがわんさか出てくる。危ないのはこの世界でも同じだ。


「確定じゃねぇが、悪いオバケのすみかになってるところだな。ちょくちょく被害があるからオレも行ってんだが、ビビって全然出て来ねぇ」

「ほえ……」

「今更感はありますが、最近妙な影が多いと聞くので」


 そうだよな。実力ありありの管理者をむやみに襲っても意味ないもんな。悪いオバケたちの目的は現世に戻ることだ。


「それじゃ、そのライ林に行ってみます? ポンカ様が言ってた(?)脅威に少しか近づくかもしれませんし」


 僕的にはニセコナミの尻尾を掴みたくて仕方ないだけなんだけどね!


「ジブンは賛成かな。一般オバケの被害をこれ以上増やしたくないしね」

「ぴょ……」


 フェアと、そしてポンカ様も、元気はないが賛成らしい。ポンカ様、何を怖がっているんだろう?


「でもよぉ、また俺らが行ったところで隠れられるだけじゃねぇのか? オレが強すぎるせいで。困っちまうぜ……」

「大丈夫だ問題ない」


 派手にうぬぼれるベアボウをドラゴンが冷静にぶった切る。


「ベアボウ。前にライ林に行ったとき、お前一人じゃなかったか?」

「あ? そうに決まってんだろなめてんのか?」

「何でそうなる黙ってろ」


 喧嘩っ早いベアボウを無理やりさえぎり、目を伏せる。


 あ、ドラゴンが言いたいこと、分かってしまったかもしれない。


「……ベアボウ一人の時は、逃げれば何とかなると悪いオバケ共も思ったことだろうが、今回は管理者全員が揃ってる。馬鹿な奴は気が狂って出て来るんじゃないか?」


 でもさすがにドラゴンもそんなこと言うお馬鹿さんではないか。


 僕とドラゴンはだから、それを狙って悪いオバケが出て来る、なんて。


「やっぱりお前、オレのことなめてやがるな?! 処刑案件だぞこらぁ!」

「いや、そういうわけじゃないんだ、ベアボウは十分強いと俺は思ってる。な?」

「なぁにが『な?』だごるあぁ! ぶちのめしてやるぜぇぇ!」


 突き出された結構お強めの拳は、虚しくすかされた。ドラゴン、もう面倒になったんだろうな……。


「え、えと……」


 一発じゃ物足りずにドラゴンに殴りかかるベアボウを横目に、ミャルメンが声をあげた。


「それじゃあ、ライ林に向かうということでいいんでしょうか?」


 フェアが一番に小さな手を振った。


「そういうこったね。あ、この二人はいっつもこんな感じだから気にしないでー」

「分かり、ました」


 ……むむ? ミャルメンは僕たちについて行くのか? さも当たり前のように話しているけど。


 僕はナイフで戦力を補っているからまだしも、通りすがりのオバケが加わるのはまずいんじゃ。


「あれ、ミャルメンさんもついてくる感じですか?」


 ちょっと失礼だったかも、と言ってから気づいた。べべ別に嫌なわけじゃないんだよ! 逆に女の子が来て大歓g……。


「いえいえ、ワタシが入るなんてとんでもないです!」


 ミャルメンは僕の方を見てぶんぶんを首を横に振った。

 ……。やっぱり?


「ワタシはきちんと準備をしてライ林に行きたいと思います。落ち合いみたいな感じになりますが……」

「ライ林には行くんですね」


 こんな可愛らしい子が一人でライ林まで行くなんて。さすがに僕の良心が。


「どうかどうかお気を付けて!!」


 ミャルメンの手の一本を取って、できるだけ優しく握った……つもりだ。


「ワタシだって自分の身は自分で守ります!」


 ミャルメンは困り顔で笑う。これだとドラゴンとは別ベクトルで恐れられてしまうのは間違いない。


「そんじゃ、ジブンたちはさっそくライ林に行くとしますか!」


 ミャルメンとフェアが取り仕切る中、


 ポンカ様は顔を見せようとしなかった。



 ~次回「ライ林編」開幕~

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