第25話 料理の魔法と救世主

 待て待て待て。見間違いじゃ困るぞ。もっと近くで白身フライの字を確認しないと。


 メニューに突っ伏して穴が開くほど見つめてみる。


 ……白身、フライだ。これは紛れもなく、白身フライと書いてある。


「僕の願いが叶うとは……」

「お前はメニューを食いてぇとか言いだすのか?」


 向かいからあきれたベアボウの声が飛んでくる。


「この世界で白身フライが食べられるなんて思ってませんでしたからね、そりゃあ泣いて喜びますよ」

「白身フライなんてそう大した料理でもないだろう」

「魚は生に限るだろうがよぉ、油で揚げて何がいいんだか」


 ベアボウに加えてドラゴンも冷めた目でこちらを見てくる。もじゃもじゃが凍てつく視線だ。もう少し外面そとづらをよくしてもいいと思うんだが。


「はい! 僕は白身フライにしますからね! 注文しちゃいましょう!」


 勢いに任せて呼び出しベルを押した。強めに押したからか、バキッと不穏な音がしたが、きちんと反応はしたのでセーフだ。


 それで、すぐに先ほどのハムスターオバケが注文を受けてくれ、料理ができるまで待つこととなった。


「あ、そう言えばなんですけど、ここの世界の料理って元居た世界……。生きていた頃の料理と同じものととらえて大丈夫ですか?」

「そっか、サザナミクンは新人クンでもあったね」


 ふいに気になってきいてみる。メニューの写真では普通の料理だったが、変な物質でも入っていたらひとたまりもない。


 フェアがふんぬ、とへにょへにょになっていた身をテーブルに乗り出した。どうやら説明してくれるらしい。


「味とかカロリーは生きてるときと変わらないぞ。でも、料理は作ってるんじゃなくて、生み出してるって言った方がいいかも」

「生み出す、とは」


 僕が小首をかしげると、フェアは瞳の輝きが弾けんばかりにニコリと微笑んだ。


「見たほうが早いぞ、ほらあそこ」


 フェアさんが僕の後ろの方に腕をのばす。僕もくるりと体を回転させる。


 そこは厨房らしかった。ガラス越しの銀色の机の上にはたくさんの調味料が置かれている。


 しかし、なんだかとても違和感があった。なんだろう、あまりごちゃごちゃしてないというか、何というか。

 ほとんど調理器具が置かれていない。


「あれでどうやって料理するんですか?」

「そう思うでしょー? まあ見てなって」


 フェアはニコニコと笑っているだけだ。普通に料理するわけじゃないんだな。


 厨房には茶色いモルモットのオバケがせかせかと皿を用意している。料理は一つも見えないけど……。


 ある程度皿を集めた後、モルモットはくるくるとその場で回り始めた。うーん、ますます分からん。


「そろそろだぞ」

「ですか」


 フェアがそうつぶやくと、モルモットは示し合わせたように腕を皿の上で泳がせた。まるで指揮者のようだ。


 と、


 少し瞬きした瞬間、皿の上には立派な料理が出来上がっていた。


「ん?」


 もう一度瞬きしてみる。これまた見間違いかと思ったが、料理はちゃんとある。こんな短時間でできたのか? ……ほんとに?


 料理のまわりにはキラキラとした何かが漂っている。これはもしや……。


「魔法で料理を作るってわけだ!」


 フェアはえっへんと満足そうな顔をして言う。うーん、何がそんなに誇らしいんだか。魔法か? 魔法が使えるからなのか?


「魔法で料理なんて作れるもんなんですね」

「いろんなオバケがいるからね。その分いろんな能力がある。ジブンたちは管理者だから実戦的な能力ばっかしだけど、生活を豊かにしてくれる能力もあるんだぞ」


 確かに。オバケはとんでもない戦闘民族だと思ってたけど、みんながみんな同じわけじゃない。ちょっと安心できた、かも?


「よーし! そろそろご飯も来るだろうし、パパっと食べちゃおう!」


 うんと伸びをしたフェアは、またへにょへにょに戻ってしまった。トカゲみたいに体が細長いから、座っているのも一苦労なのだろう。


 それから間もなく、頼んだ料理が一斉にやってきた。こういうのは順に来るのが普通なもんだから、やっぱり魔法って便利だなって思いました。羨ましいなって。はい。


「オムライスこそ至高だな」

「ぴょににー!」


 ふわとろオムライスの前にちょっぴり嬉しそうなドラゴン。笑っているように見えなくもない。これは意外とレアな表情だ。

 まあ僕もオムライスは好きな部類だから分かるぞ。オムライスは卵がトロトロなほど美味い!(もちろん僕のド偏見である)


「ここはナポリタンが美味しいんだよー! ね、ポンカ様!」

「ぴょに!」


 ああそうか。ミルワームコンビはスパゲッティか。ピーマンと玉ねぎとウインナー。シンプルだけど、それが美味しい。


「やっぱりこれくらい食べごたえがねぇとなぁ」


 舌なめずりをしたベアボウの鹿肉はなんと塊である。さすがに焼かれてはいるようだが。アニメに出てくる骨付き肉そのまんまだ。さすが熊。


 そしてそして、大本命。


「白身フライ定食でございますー」


 目の前に置かれたのは、大きめの白身フライが3つほど、そのほかにご飯と味噌汁がついている定食だ。


 ああ、もう幸せ。この世界に白身フライがあってよかった。これで今日も生きていける。


「ありがとうございますありがとうございます」


 ハムスターオバケにありったけの感謝を伝え、手を合わせる。


「ぴょ……」


 ポンカ様も引き気味だったが、もう関係ない。


「いただきまぁす!!」



 美味しいじゃ表しきれないものでした。口に入れた瞬間、すごいサクサクいうんです。ソースをつけようと思いましたけどね、つけなくて良かったですよ。そのままで美味しすぎました。


 つまり、幸せってことです。


「もうお腹パンパンだぞー」

「ぴょー」


 ところで僕たちは、食べ終わって店を出てきたところだ。


 そうそう、僕の目的は決して白身フライを食べる事ではなく、オクリさんの弟さんを見つけて、コナミと会うことだ。あまりゆっくりしてられない。


「えと、これからどこに行けばいいんでしょう」


 僕が言っても、すぐに答えは返ってこなかった。ニセコナミを追うとしても、手がかりがなさすぎるもんで。


「んなもん知るかよ。オレは敵をぶっ飛ばすのに特化したからなぁ、脳みそは捨てたも同然なんだ」

「考えられんと勝てる勝負も勝てなくなるぞ」

「あぁ? 何か言ったかドラゴン。ぶっ飛ばすぞ」


 これ以上の口論が面倒になったのか、ドラゴンは黙りこくった。


「ベアボウが知らないのも無理ないよ。悪いオバケが迫ってるのは確かだけど、情報が少なすぎる。ジブンも行き先が分からない」

「ぴょにに……」


 ポンカ様は僕たちよりも知っていることが多そうだが、言葉が通じないのが痛すぎる。戦闘能力と引き換えにこうなったのか。


「悪いオバケに関係ないところに行って体力消耗するのも嫌だしな……」


 空白の時間。

 旅立って早々行き詰まりになっちゃうんだろうか……?


「す、すみません!」

「……?」


 空白を埋めるように、一人のオバケが現れた。


「お役に立てるか分からないんですけど、悪いオバケのこと、小耳にはさみました」















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る