第21話 「会わせてあげる」

 電柱の化けの皮がはがれたタヌキは、力なくその場に倒れ込んでしまった。


「タヌキくん!」


 そばに駆け寄って様子を見ると、かろうじて意識はあるようだ。小さな体全体で必死に息をしている。


「君……」

「今は仲間だと思って。さっきまで操られてたみたいだから、戦わざるを得なかったけど」

「そっか……。ありがとう、ね……」


 ゲホゲホとせき込む。このタヌキ、本当に戦わされているだけみたいだ。……わざわざオバケを操って僕を殺そうとするあたり、タヌキが怯えている相手は、僕が退治するべきオバケなのだろう。


「辛かったら答えなくてもいいけど、何でここに来ようと思ったの? 戦場にいるよりも、のんびり暮らしてた方がいいんじゃない?」

「うん……。だけどね、に『現世のお母さんに会いたい』って言ったら、『会わせてあげる』って言われたんだ……」

「あの人、か」


 頭の中には一人しか浮かんでこない。でもさすがにまだ判断が早いか。勝手に先入観の塊で話を聞いちゃだめだ。


「戦い続けたらいつか会えるかもしれませんって、言ってたから、ボクは……。戦わなきゃいけないのに……」


 タヌキがおもむろに立ち上がろうとしたが、まだ足元がおぼつかずにコテンとしりもちをついてしまった。


「ちょちょ、無理はしないで」

「ったた……。転んじゃった」


 ふにゃりと笑うタヌキは、明らかに場違いだった。この子は戦うべきではない。母親と別れてこの世界に来たのだ、壮絶な人生だったのは察せる。だからこそ、ここでは平和に暮らしていてほしいのだ。


「君が戦いを続けたいなら僕は止めないけど、……。自分の進みたい道を選びなよ」


 少し間があき、タヌキはこたえた。


「ありがと。だけどボクね、もしお母さんに会える可能性が少しでもあるなら、それを信じてみたいんだ」


 ようやくタヌキは立ち上がる。僕がタヌキの行き方にとやかく言う権利はない。敵なら敵で、正々堂々戦うだけだ。戦いをやめてもらいたかったのは本当だが。


「そう、か」

「うん。何か……ごめんなさい」

「いや、別に謝んなくても。母さん、大事だし」


 母さん。妹が階段から落ちて死んだ日から、ろくな会話をしなくなった。当然のことだろう。自分が愛情たっぷりに育てた子供があっけなく死んだのだ。父さんもずっと気まずそうに新聞を読み、仕事に行って、家に帰ってきたらテレビのチャンネルを変え続ける、の繰り返しだ。


 でも不思議と、二人とも泣かなかった。


 そんなもんだから、家にいるのがしんどくなった。だから街をぶらぶらしていた。そしたら、オクリさんにぶん殴られた。


 ちょっと思い返しただけでも、僕、なかなか災難だな。


「会えるといいね、母さん」


 君が死んで、きっと絶望の淵にいるだろうから。もし会うことができたなら、笑ってやって欲しい。


「うん!」


 毛皮の中で1ミリくらい口角をあげただけなのだが、タヌキは目じりに涙をにじませてうなずいた。


 ああ、やっぱり戦ってほしくないな。ただ傷つくだけなのに。言われたことは絶対とは限らないのに。


 このタヌキは信じてしまうんだ。


「でも……今日はもう戦えないし……君の勝ちってことかな?」

「え、僕? 僕勝った?」

「ってことでいいよ。だって、ボク操られてたのに負けたんだもん。すごいよ」


 ほとんどまぐれだけどな。このナイフが協力してくれた。僕だけじゃ無理だった。


「えと、最後になるけど、……。君の名前、きいてもいい?」


 敵に情報を伝えるのは危険な行為だけど、教えないのも人の心がないので。多分二度と会わないだろうから。


 そっとタヌキの手を取る。


「僕はサザナミ。妹死んだ。でも、いつか再会するつもりだ」


 純粋にきらめくタヌキの瞳を見るたびに心が痛む。これからのことを想像してしまうと。もう戻れないことが分かっているから。


「……ありがとう。忘れないよ。いつかお母さんにも教えてあげる」

「ん、そう、だね」


 タヌキは手を大きく振ってレンガの道を走り去って行く。笑顔が見えるのがよけいに辛かった。でも、どんどんタヌキの姿は小さくなっていくし、虚しさも増していく。


「……」


 勝負には勝ったけど、それ以上にが許せない。


 僕が見たことがあるであろう、あの人が。


「……ぴょ、ぴょにー?」

「うわぁ?!」


 誰もいなくなった道をぼんやりと眺めていると、下からポンカ様がのぞき込んできた。


「あれ、ポンカ様、戦いは」


 タヌキとの会話に気を取られて他のところを全く見ていなかった。さて今の状況はと後ろを見てみると。


 決着はすでについていた。















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