第19話 猫とドロドロ

 次々とオバケを蹴り倒していくのはポンカ様。外に出るから葉っぱの傘は欠かせないが、片手が使えないのはハンデのようなものだ。


 一応カエルなので、足が長い長い。流れるような回し蹴りは一見の価値ありである。


「ぴょにー!」


 それも満面の笑みでなぎ倒していくのだから、もう安心すぎる。僕のことに集中しようではないか。


「サザナミ、あまり無理するなよ」

「う、うっす!」


 背後からのドラゴンの声にも鼓舞されて、今の僕は実質無敵だ。そうでも思わないと勝てる気がしない! 自分が最強だって思いこむこと、意外と大事だったりする!


「何だよ、この毛むくじゃらよ」

「見るからに弱そうじゃーん! じわじわいたぶってやろうかー?」


 僕の相手は、青色のドロドロした不定形のオバケと、マントで着飾った黒猫のオバケだ。いや今思うことじゃないけど、ドロドロの口どこにあるんだろ……。


「っ! いたぶられるのは嫌です!」


 変なことを考えない! 集中!


「えぇ~? だってアンタ、相手にならなそうなんだもぉーん! 退屈すぎて草」


 猫がヒゲを整えながら流し目で見てくる。完全に見下されてるぞ。ここで僕が二人とも成敗できたらどれだけ清々しいことか。


 でも、最強だと思い込んでもまだできない。急に斬りかかるのもすぐにつかまりそうで怖いし。ナイフのこともよく分からんし。


「オデが毒にでもしてやっからよ、オマエ、ゆっくりひっかいてやりなよ」

「あぁいいねぇ! どこかに縛り付けても苦しめるんじゃなぁい?」

「そこらの木によ、ぐるぐる巻きにしちまいなよ」


 あああ。どんどん僕の処刑方法が決まっていく。毒なんてごめんだ。苦しみ方を模索するんじゃない。君たちの親は他人の不幸を笑えと言ったのか!


 ……いや、ここがチャンスかも。


「お二人さん、楽しそうですけど、」


 ベアボウとのタイマンを生かす時だ。勝負は背後を取れば一気に有利になる。僕は実感したばかりだ。


「んにゃあ? 何ザコが戯言ざれごとほざいてんの?」


 猫。あんたが見たところに僕はいない。


 二人がキャッキャウフフと話していたおかげで、簡単に後ろに回ることができた。いやー、やっぱり隙って見せちゃだめだね。


 首は怖いから腹で……。


「一本いただきましたぁっ!」


 猫の横腹めがけてナイフをふるう。


「フギャア?!」


 驚いて振り向いた猫の爪が頬をかすめたが、これくらい何ともない。最後までしっかりと標的を定めて。


 ナイフが腹に当たる。体を覆っている毛皮がはがされ、肉をも剥いでいく。少し遅れて血がじくじくと流れてくる。


 気持ち悪い。これが肉を斬る感覚。柔らかいようで、芯のあるような。


 ふと自分の首に手をあててみる。当たり前だが、どくどく血が流れている。


 首じゃなくて良かった、と、この時になって思った。


「いたっ、痛いよぉお! おなかがジンジンするよぉ! 何なのコイツ!」


 猫が叫び散らかす。この時ばかりは、僕もきっと同じことをするだろうと確信した。だって、痛いし、グロいし、辛いし。


「なんにもできないクソザコだと思ってたのに! そのナイフ何なのよぉ! すっごい痛いの! うわあああん」

「おい、オマエよ、泣くんじゃねぇよ」


 倒れ込んだ猫に、ドロドロが歩み寄る。結構な量の血が流れているが、オバケはいつか治ってしまうのだろうか。


 正直、もうオバケを斬りたくない。戦わなきゃいけないのはもちろんだけど、気持ち悪さがありすぎる。


「おい毛むくじゃらよ、そのナイフなんなんだよ」

「……知らない」


 猫を落ち着かせたドロドロが迫ってくる。猫を傷つけたから、襲われる。絶対。でもナイフは無理だ。僕にはできない。


 まずい……。


「おいもじゃもじゃ! なぁに挙動不審になってやがる? そのままじゃあ負けんぞ!」

「べ、ベアボウ、さん?」


 いざという時に駆けつけてくれるのがベアボウだ。たくさんのオバケを相手してきただろうに、傷一つついていない。


「すみません、僕、できま」

「あーもう! 遠くから見て分かってんだ! このドロドロはオレに任せろ! そんで! お前はの戦い方を見つけろ!」

「以外……?」

「ああ! ほら、あれだ! もわもわも出せただろ! そのナイフ!」


 僕に伝えることを伝えると、ベアボウはドロドロに下からの深い拳をお見舞いした。


 先ほどまでの恐怖が嘘のように、ドロドロが吹っ飛んでいく。


「うひょー、思ったより飛んだぜー」


 その様子をベアボウは野球観戦かのように追い続ける。これが管理者の余裕ですか。


「な、お前斬れねぇんだったら考えろ」


 お前だけの、戦い方ってやつをな。













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