第17話 出発の準備を
足早に自分の部屋へと向かった。僕が殺人(オバケか?)衝動のあるヤバい奴だと思われたくはないから。自己防衛にはなってるけど。
できるだけ物音を立てずに部屋のドアを開ける。面倒な事にはなりたくないし、ドラゴンは合戦の当事者だ。トラウマがあるかもしれない。
そうやって僕なりの配慮をしたはずなのに。
ベッドに我が物顔で座っているドラゴンと爆速で目が合ってしまった。
「また物騒なものを……」
「僕の意思じゃないんです。信じてください」
しかも、さりげなく部屋にナイフを持ち込んだつもりなのにすぐに気づかれた。ドラゴン、なかなかの観察力だ。
「どうせあいつが無責任に持ち出したんだろうな。想像に難くない」
とっくにドラゴンは諦めているようで、特にあれこれきくことはしなかった。ドラゴンがニセコナミに狙われていたこともベアボウから聞いて初めて知ったことだし、その時のことは忘れたことにしているのか。
「そーいうことです、はい。僕は何かをしでかしたわけじゃないです」
「もう分かったと言っているだろう」
雑に返すと、ドラゴンはベッドに引っ張られるように寝転んだ。
あの、ホコリ立つんでやめてくださいって……。僕の喉と鼻がやられることになるんですよ毎朝。
「懐かしいな……」
天井を見ながらそうつぶやくドラゴン。イタチのことを見たことがあるのは確かなようだ。
「サザナミ」
「っ! はい!」
急に呼ばれて、背筋が無意識のうちに伸びる。
「オバケとオバケが戦うのは、ある意味無駄だ。どちらも死んでしまっているから、何をしても決定打を叩きこめない。管理者たちも、ギリギリまでいためつけることぐらいしかやることがない」
……えーと、この話、寝っ転がってじゃなくて、起き上がっての方がいいと思うんですけど、やっぱり寝たままですか? そうですか。
邪念が紛れ込んできたが、話の内容はもっともだ。オバケ同士の争いはどちらにもメリットがない。
「だが、俺たちは人間だな。襲うオバケ側には大きな利点がある」
「また現世に戻ることができる、ってことですよね」
「そうだ」
そこまで言って、ドラゴンは一度口をつぐんだ。
ごろりと寝返りをうつ。
「要するに、俺が言いたいのはな」
ここでやっとドラゴンは起き上がった。少しばかり髪が乱れているのはご愛嬌ということで。
まだ天井を見つめたまま。いや、天井よりももっとその先を見据えていた。しかし、青い瞳は不安げにかげっていた。
「死ぬな、ってことだ」
それは重々承知している。僕だけの都合でこの世界に来たわけじゃない。きちんとした使命を持って来たのだ。
「また、目の前で人が死ぬのを見たくない」
また……?
「僕、怖くないって言ったら絶対嘘になりますけど。足手まといだとか、お荷物だとか。邪魔者にはならないように頑張るつもりです」
「別に活躍を望んでいるわけじゃ」
「あ、もちろん生きるのが最優先ですけどね」
それを言いたかったのか、ドラゴンはスンと静かになってしまった。
「……。俺が心配するまでも無かった」
「はい。僕、ドラゴンさんが思っているほどすぐには死にませんよ」
「お、お前に死んで欲しいと思っているわけではないからな?」
そんな慌てなくても。僕は分かりきんちゃんです。土下座なんて二度としなくていいですからね。
うんと伸びをすると、ドラゴンはゆっくりと立ち上がった。この時にきちんと髪と服を整えるのが大事なポイント。
「足踏みをしていると、あの小娘も動き出すかもしれない。サザナミ!」
「うっす!」
少しの圧を感じさせる目で言う。
「……出発の準備をしろ」
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