第14話 イタチの剣

「おらあぁぁああぁ! 管理者だからってビビんじゃねぇぞぉ! オレも手加減してやるからよぉ!」

「ぜひ手加減をしてくださいお願いします!!!」


 唐突にぶん殴られて始まった訓練(というかいじめ)。しかし当然僕は全力で臨む。


 毒でもすりこまれているのではないかと思ったが、この場だけは力を借りようと、しっかりナイフを握りしめる。気のせいだろうか、どくどくと鼓動が感じられる。……握る力が強すぎるだけか。


 ベアボウは様子をうかがい、攻めてくる気配はない。でも! こういう時こそ気を抜かないのが肝心。あっという間に背後を取られるぞ。


「おお? ちゃあんと警戒はしてるみてぇだなぁ。感心感心」


 腕を組んで一応褒めてはくれた。まずい。僕、いくら何でもなめられすぎている。ここはいっそ攻撃してみるのも手か? ナイフの力も未知数だし。


「でもよぉ」

「?!」


 その一瞬で感じたのは、得体のしれない気配。


 ベアボウが体一つで突っ込んできて反射的に身構えた時、すでにベアボウの姿はなかった。


 ではどこにいるのか。


「後ろ、とったぁぁ!」


 後ろを振り返ると、ものすごいスピードで腕を振りかざすベアボウがいた。恐ろしくて思わず目をつぶると、ジェットコースターに乗った時のような浮遊感が急激に訪れる。


「ぐぅっ……!」


 息をつく暇もなく床に打ちつけられる。


 ネズミにでもなったようだ。横たわると全ての物が大きく見える。


 視界が、それと、呼吸が、できな、


「もうちょっと打たれ強くならねぇか? こんなんじゃあお話にならねぇよ」


 いや、ぼ、僕、ついさっきまで戦いなんてしてなくて、ね? 仕方なく、ない、ですか?


「オレ、まだ能力使ってねぇんだけどなぁ」


 指の関節を鳴らしながら気だるげに言う。ま、まあ確かに吸血はしてなかったですね。ただ殴ってきただけ、ですね……。


 絶望的だ!


「とりあえず、立て」

「あ、はい」


 ベアボウは手を貸してくれた。うん。こういうところは礼儀正しい。


 頭がクラクラする。膝がすれて血が出た。舌も噛んだ。結構きつい。でも、きっとこれは序の口だ。悪いオバケ……ニセコナミや、もしかしたら本物の妹、コナミも敵として立ちふさがってくる。


「こんなとこで折れてどうすんだぁ?」


 そう、その通りだ。


「お、折れてません。倒れただけです」

「そうかぁ! そらぁよかった! お前思ったよりヘタレじゃねぇなぁ! 一発殴ったら泣きついてくると思ってたぜ!」


 実際今泣きたいです。痛くて、痛くて。


「がん、ばります。僕」


 ベアボウはその言葉を聞き、静かにうなずいた。そしてすぐに脇をしめ、防御の姿勢をとる。


 次は僕の番ってことだ。


 お願いします。この不吉なナイフ。何も起こりませんように。ちょっと切れ味がいいくらいでいいんです。殺傷能力が異様に高いとかいりません。


 よろしく頼むぜナイフ!


「お手並み拝見させてもらうぜぇ!」

「よろしくです!」


 何かの拍子でナイフが手から抜けないように。ないと思うけど、ベアボウを傷つけないように。


 もう一度握りなおす。


 深呼吸をした後、すぐさま間合いをつめる。


 もじゃもじゃで動きづらすぎるが、その分動きを悟られないのと同義。あまり刀身が長くないから、どんどん攻めていけ。


「うぉ?! お前なかなか勇者だなぁ?!」


 あきれられているのか。それでも僕はもじゃもじゃなりに進むだけだ。ことごとく避けられるが、数撃ちゃ当たる。左右に、上下に、いろんな方向から。


 ベアボウはどれもこれも軽やかにかわしていく。首を狙えば身をそらせ、意外と守りが薄くなりがちな足を狙えばひょいと跳んでしまう。


 傷をつけるなんて心配するんじゃなかった。ベアボウの力は本物だ。


 それからダメもとで何度も切りかかろうとしても、ナイフの端がベアボウに届くことも無かった。なくなっていくのは僕の体力だけ。


「おいおい! もう疲れてきたのかぁ? まだかすり傷もつけられてないぜぇ?」

「……」


 気づけば毛皮の中が蒸してきた。まだそれほど動いたわけでもないのに。ベアボウがすぐ前にいても力なく腕を動かすことしかできない。


「次、は……当てますから」

「おうおう! その心構えは嫌いじゃないぜ! おらぁどんどん来い!」


 ベアボウは両腕を広げてドンと構えている。絶好のチャンスじゃないか。


 頭の中ではそう思えても、体が思うように動かない。


 ああ、体育ってやっぱりこの時の為にあるんだ。朝にでもウォーキングをやっておけばスタミナはついた。懐かしき学校の昼休みでサッカーでもやっていたら変わっていたかもしれないのに。


「ガキの頃の僕、運動しろって……」

「あぁ? なぁにボソボソ言ってんだぁ?」


 ベアボウも首を傾げた、その時。


「なっ、なんだぁ?!」


 素っ頓狂な声は、ベアボウのものだった。


 まさかと思って握っているナイフを見ると、ある意味予想通りなものだった。


 小さなナイフだったものは、赤黒いオーラをまとってつるぎのようになっていた。見た目は炎そのものだが、全く熱くない。もともとナイフに染み込んでいた力が湧き出て来たかのようだ。


「すげぇナイフだとは思ってたが、ここまでなるとはなぁ」

「だからこれどこで手に入れたんですか……」


 ベアボウは気まずそうに笑うだけで、詳細を話そうとはしない。事情がありそうだ。


「オレは別に話してもいいんだがよぉ、泥を塗るようでなんだかなぁ」


 しばらくの沈黙。ベアボウなりにこの短時間であれやこれや考えたようだが、出した結論は。


「そのナイフは、ポンカ様を倒しかけた、とある『イタチ』のもんだ」


 ……イタチ、だって?


















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