第10話 ぴょにお?

「なんだなんだぁ? お前気ぃ抜けた顔すんなよなぁ」

「だって、美味しそうじゃないって」


 吸血熊は首をポキポキと鳴らしながら僕をにらみつけた。惨めな顔をしているのは認めるが、そこまで嫌そうに言われると惨めを通り越して恥ずかしくなってくるぞ。


「だってお前、見るからにまずそうだろ。オレが成敗するようなやつじゃあねぇ」


 成敗……。ひえぇ。吸血熊にぶっ潰されるオバケがいるのか。チュウチュウ血(?)を吸われて苦しみもだえるのは想像に難くない。


 そんな僕をよそに、吸血熊は胸を張って堂々とポーズをとった。


「おっとぉ、自己紹介がまだだったな! オレはベアボウ! 非っ常~に癪だが、このヒョロヒョロドラゴンと同じく管理者ってやつだ!」

「俺が実力不足だとでもいうのか」

「うるせー! ドラゴンも! もじゃもじゃのお前も! もっと体を鍛えろってんだ! そんなんじゃすっぐ悪いオバケにやられちまうだろー!」


 吸血熊、ベアボウは、やはりと言うべきか管理者だった。図体と声はデカいが、食われる心配はなさそうで一安心といったところか。


「とにかくうるさいが、これでもれっきとした管理者なんだ。上手に付き合ってくれ」

「ドラゴンおまっ、お前ェ! 余計な口叩くな!」


 自分の背中をポカポカとたたくベアボウを気にせず、ドラゴンは続ける。


「ベアボウの能力はなかなかに優秀でな。悪いオバケの体そのものを吸って、自分自身の力に変えることができる。持久戦に向いている能力だ」

「ブツブツ言ってんじゃあねぇ! 確かにオレは管理者の中でも二番目くらいに強えぇけどな!」


 死後の世界でも良い悪いの概念は存在してしまうのだろうか。いやはやしかしこれまた猛者が来たものだ。そういやドラゴンも二番目に強いとか言ってた気が……?


「は? 二番目に強いのは俺だが?」


 そう気づいたころには、ドラゴンはいつもより一層低い声でつぶやき、ベアボウの腕を鷲掴みにしていた。


 これはさすがに波乱の予感……。


「俺だって自分の実力くらいは理解しているつもりだ。『ポンカ様』といい勝負だとかは絶対に言わない。言えるはずがない。だが! さすがに俺とお前とでは精神的にも俺の方が上にいることは間違いないだろう」


 知らない名前だ。「ポンカ様」って誰?


 そんな僕の思考を殴り飛ばすように、ベアボウが反論する。


「オレだって馬鹿じゃねぇよ! 脳みそだってあるしな! 『ポンカ様』は別格だ。オレとお前とフェアを合わせてかかっても負けるかもしれねぇ。だがぁぁ!! その三人の中でいっちゃん強えぇのはオレ! 以外! あり得ない!」

「頭沸いてんのか」

「ぬぁんだってぇぇぇ!!」


 心を込めてお願いします。いちいち口論しないで。いちいち取っ組み合いしないで。狭くて限りある僕の部屋です。汚されるとテンション下がるでしょう? ホコリが立つの本当に嫌なんです。


 金太郎じゃないんだから。ドラゴンなんだから。熊と大乱闘繰り広げないでください。


 目を細くして醜い争いを見ているうちに、いい加減僕でも気づいた。この二人に話をきこうとするのが間違いだった、と。


 フェアさんがお喋りしに来てって言ってたし、受付にでも行ってこようかな……。もじゃもじゃなオバケの設定だし大丈夫だろう、多分。


 こっそりドアを開け、


 ると、


「ぴょに?」


 可愛らしい声が聞こえたのと同時に、目の前に大きな葉っぱの傘をさしたオバケが現れた。


「うぉあ?!」

「ぴょにお……?」


 これはカエルだ。カエルの足だけが見えた。他は傘に隠れて良く見えない。


 カエルのオバケは僕を確認するようなそぶりをすると、ピタピタと音を立てて廊下を走り始めた。


 ちょうど行こうと思っていた、受付の方向に。


 ついて行こうと思ったわけではないが、必然的に進む方向が同じになってしまったのだ。後を追うことにしよう。


「ぴょーにおっ!」


 嬉しそうに飛び跳ねる。なぜ僕の部屋の前に立っていたのかは問い詰め案件だ。しかし、危害を加える気はないようで、何だかむずむずする。


 エレベーターも一緒に乗った。どうも落ち着きのないオバケで、5階おりるまでの間ずっと僕の周りをくるくると歩き続けた。


 何だこいつ状態だ。


 1階に着き、「開」ボタンを押して先に降りてもらった。このオバケも受付に用があるのなら先に済ませていただきたい。後ろで僕とフェアさんの話を聞かれたら気まずいったらありゃしないからだ。


「ぴょ?」


 やけにゆっくり歩く僕を不思議に思ったのか、何度も後ろを振り返る。


 もしかして、僕が受付に行くのを分かっているのか?


「あのー、すみません。あなたは、えーと……」

「『ポンカ様』!」


 カエルのオバケは答えなかった。その代わりに、


「なぜこんなところにいらっしゃったんですか?」


 フェアが、目を丸くしていた。






















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