第6話 ジブンの力
一般オバケにとってはその程度なのである。いやなに、この世界にSNSがあるのなら拡散されていること間違いなしなのだが。
「困ったことになったな……」
頭を抱えたのはドラゴン。
「あのー、1個だけきいてもいいですか」
「構わん。突拍子もなくロンを呼び出してしまった俺も悪い」
「あ、はい。そのことなんですけど。さっきの龍と、そいつが消えたのって……」
ドラゴンは荒れた髪を手でとかしつつ、目を閉じ長考する。さすがに常識破りの世界だとは認識していたが、まさか龍を従えることができるなんて思うわけないじゃないか。
さらにそれを引きつれて消えることができるなんて誰が想像できるんだ!
「まあいい。せっかく俺の仕事場まで行くわけだし、そこで話そう」
「もったいぶるじゃないですか」
「それくらい重要な話だということだ。話題が今日の晩飯なら白米だと言って終わりだからな」
「はあ……」
絶対肉しか食べてなさそうなのに、意外とちゃんとした飯なんだな。というかドラゴンっていう名前のくせにドラゴン要素が頭くらいしかない。今はその頭も人間まんまなわけだが。
「行くぞ」
手を引かれて、このあたりでは異質である近未来的なビルに足を踏み入れる。
自動ドアをくぐると、人工的な白い空間が広がっていた。
大理石の床。ところどころに植えられている観葉植物。腰掛けるためのソファーに、正面に構えている受付。
「なんかすごい所に来てしまった……」
テレビでしか見てこなかったような厳かな雰囲気がそこにはあった。みんなが政治のことや財政のことでせかせかと話し合っている、そんなような。
ドラゴンは受付にいる巫女のような見た目をしているオバケに話しに行った。僕のことを突っ込まれては非常にまずいので、それとなく後ろをついて行く。
「今日もご苦労様。いつもありがとうな」
「お疲れさーん。受付って結構疲れるもんなんだぞ? ドラゴンもたまにはやってみたら?」
そのオバケは明らかに人外の格好だった。現世の生き物では表しづらい、爬虫類のような両生類のような、それでいて凛とした顔をして、身体全体にほのかに光るベールをまとっていた。
「俺もやりたくないわけではないんだが、別の仕事があるもんでな」
「そんくらいジブンも知ってまーす……て、あれ。後ろのもじゃもじゃクンは新人オバケ?」
「うわぁ!!」
ま、まさか、さりげなくついて行ったつもりなのに! このオバケ、ただもんじゃないな?!
「んもー、バレバレだよー。見つかったからってとって食うわけじゃないんだしー」
オバケは小さな手をパタパタさせて苦笑した。いや食われるかもしれないんですよ。だから僕頑張ってオバケのふりしてるんすよ。
「キミ、お名前は?」
「名前! はい、サザナミです!」
「フフフ。ねえドラゴン、サザナミクンかわいい子じゃん。
オバケがドラゴンに笑いかけたが、ドラゴンはうんともすんとも言わなかった。
「おー? どしたのー? 可愛さ爆発しちゃったか?」
「いや、こいつの名前を初めて聞いた」
「え、マジー? しばらく一緒にいたんじゃないの?」
「いたが。そういや名前をきいていなかったな……」
そう言われればそうだな! 僕が一方的にドラゴンドラゴン言ってて、肝心のドラゴンの方はずっとお前呼びだったぞ!
でもそんな深刻な顔をしなくても大丈夫だぞ! 僕はお前っていう名前だから……(悲しみ)。
「別に名前知らなくていいですよ、好きな呼び方で……はは……」
ぶっちゃけ何だっていいんですよね。すみません悪ノリしちゃいました。
え、何でドラゴンさん床に膝をつけているんですか? 何で床に手をついているんですか?
「すまなかったぁ!!!」
なんてことだろう。ドラゴンは僕に土下座したのだ。中途半端なものではない。きちんと土下座だ。
「え、え、あの、」
な ん で ? ?
僕の名前を知らなかったからか? そこまですることじゃないだろさすがに。極端すぎるんだよあんた。
「ドラゴーン、サザナミクン引いてるぞー。茶番はもういいから部屋案内してあげなよー」
そのとおり。早く僕はあったかいベッドでぬくぬく寝たいんだ。今日はもうさすがに疲れてきた。
「……分かった。その前に、フェア! お前もサザナミに自己紹介しろ!!」
「言われなくてもするつもりだったよー。名前を知ってもらうのって大事なことなんだからー」
どこかずれたドラゴンと柔軟に受け流すオバケ。ぱっと見は合わなそうな2人だが、案外これがちょうどよかったりするのか?
そうこう思っていると、オバケはわざわざ受付のカウンターから出てきてくれた。
「ジブンの名前はフェア。管理者の一人だよー。普段は受付にいるから困った時はおしゃべりしに来てねー。あとはー、ジブン、ヒーリングの力を持ってるから、怪我した時にも来ていいぞー」
カウンターにいる時は気づかなかったが、フェアさん、浮いていらっしゃる。何とも幻想的なオバケだ。
そして当たり前のように管理者。恐ろしいなこのビルは。
「ヒーリングって、言葉は分かりますけど、薬とかで治すわけではなく?」
「うん。この世界にいるオバケは、何かしらの能力を持ってるんだよー。もう死んじゃってるから、その無念の代わりに能力がついてくるって感じかなー。結構自分の望みが反映されるみたいで、ジブンは戦いたくなーいって思ってたらヒーリングの力をもらっちゃった。ほら、ドラゴンは龍を呼べるでしょ?」
フェアが横目でドラゴンを見ると、本人は顔をふいとそむけてしまった。さっきその龍が消えたばかりだし無理もない。
「んもー! ドラゴンったら冷たいんだからー」
「そ、そうっすね」
こればかりは心の中で猛烈にドラゴンに同情しておく。
「さてさてー。新人オバケはビルでしばらくの間死後の世界のことを学んでもらうよー。てなわけでドラゴン! 案内よろしくー」
「言われなくてもするつもりだった」
「む。ジブンの言葉カリパクされたぞ」
フェアさんはぷんすかしながらカウンターに戻り、コーヒーに似た飲み物をすすった。
「あ、ありがとうございました!」
「なんのなんのー。ドラゴンは話下手だからねー」
フェアさんに頭を下げると、手の代わりに長い尻尾を振ってくれた。
これが管理者か。……もっといかつい奴らかと思ってたけど、ものすごく優しいじゃないか。さっきの人の方がよっぽど管理者っぽい。
「フェアは俺のことを話下手だと言っていたが、そんなことはない。喋りたくないから喋っていないだけだ」
「そうですよね。サボってるだけですもんね」
「食うぞ」
「……!!」
さすがに調子に乗りすぎた。忘れつつあるが、死後の世界の住人はみんな僕の敵のようなものだ。少し気を抜いただけで食われる。
「すみませんでした……」
「さっさと部屋に行くぞ。もう一度気を引きしめろ」
受付の奥にあるエレベーターのボタンを押す。多分話したいことを部屋で話されるのだろうが、まだ食われる可能性もゼロではない。
ほんの少しだけ、ドラゴンと距離を置いた。
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